第15話 六曲一双屏風
目を覚ました幸に、弘はコーヒーとサンドイッチを手渡した。ソファから床に降りている兎兎は、両手で口元や顔を洗っている。その前には餌入れが置かれていて、既に何も入っていなかった。
幸はソファに座ってサンドイッチを頬張りながら、見たことがない木箱を見遣った。それに気づいた弘は、その隣に立つと説明を始めた。
「この木箱は、縦八十センチ横百八十センチ奥行き八十センチで、例のコンテナの中に入っていた。木箱にも通気口があり、この中に六曲屏風は折り畳まれて収納されていた。木箱の内側に、六曲一双屏風、源平水之島合戦の図、作者不詳、安土桃山時代と書かれてあった」
「一双?」
聞き慣れない単語に、幸は弘の顔を見た。弘は幸の目を誘うように、木箱の左側に軽く折って立てている、縦百六十センチ横三百三十センチの六曲屏風を指差した。
「これは、木箱に入っていた六曲屏風だ。これと似た絵柄の六曲屏風が二つ揃って一双という」
弘の指先が左側に大きく動いた。
「この六曲屏風は、幸が見つけたものだ」
先と同じ六曲屏風が、先の左側に立てられている。だが、先とは違い、軽く折って立てられているわけではなかった。
「似た絵柄だわ」
まさかと言った表情で、幸は弘を見た。目を合わせた弘が頷く。
「そうだ。これら六曲屏風で一双だ。右に置く屏風を右隻、左に置く屏風を左隻という。よって、木箱に入っていた六曲屏風は右隻、幸が見つけた六曲屏風は左隻だ。木箱には右隻しかなかったが、この通り、揃った。届いた屏風を見たときは、あまりの偶然に、腰が抜けそうになった」
愉快そうに弘は笑った。
「左隻は繋げたの?」
「いいや。六つの画面を繋がったように並べ立てた。それぞれの背後に支え棒をしてな」
弘は苦労したと言わんばかりの顔つきをしてみせた。幸は労る目付きをした後、腰をあげた。
「絵柄を見る限り、これらは確かに源平水之島合戦の図だ」
弘は既に調べた上で発言している。
幸は右隻に近寄った。顔を近づけ、観察する。
「この本紙も、皺のある透明な何かの細胞で覆われている」
「そうだ。どちらも、バイオテクノロジーで加工されている」
弘は左右の六曲屏風を見遣って断言した。
本紙を見つめていた幸が踵を返し、ソファに戻った。床に置いているリュックの中に手を突っ込むと、バイテク掛軸を取り出し、巻緒をほどいて、何も描かれていない本紙を見つめる。
近寄ってきた弘が横から覗き込んだ。
「これは、バイオテクノロジーを駆使した、からくりバイテク掛軸だな」
興味津々な声調に、幸は頷いた。
「でもまだ、どんなからくりなのか分からない」
顔を横に振った幸は、左隻の横にある壁に向かった。そこに丁度あるフックに、バイテク掛軸を掛ける。
「弘。右隻と左隻に、未知のタンパク質があるかどうか、分析を依頼して」
幸は振り返りざま指示を出した。
「了解」
親指を立てた弘は、右隻が入っていた木箱に向かう幸の背後を通り越し、机に向かった。机上にある採取キットを手に取ると、まずは右隻の本紙から細胞を採取し、左隻の本紙からも細胞を採取する。
「弘。右隻の差出人と受取人を調べてもらって」
幸は検体を採取する弘の横顔を見遣った。
「了解。情報役温羅者に依頼する」
返事をした弘は、幸と目を合わせることなく言った。
「右隻も左隻も、本紙の表面を膜のように覆っている皺のある透明な何かの細胞は、描かれた本紙に後から加工されたものだ」
見極めたことを語った弘は、採取した検体を入れたミニシャーレを四つ持って、机に向かっていた。二つのミニシャーレは依頼用に、もう二つは自分用だ。ここでも簡易な分析はできるからだ。
幸は木箱の外観を細かく見た後、通気口を確認し、蓋を開いて中を丁寧に観察していた。
「弘。木箱の底にある塵。この塵と貨物室にあった塵が同じかどうか、分析を依頼して」
「木箱の中に塵?」
気がつかなかったと弘は、急いで四つのミニシャーレを机上に整然と並べると、新たなミニシャーレを二つ手に取り向かった。
少し離れた位置に立った幸は、右隻と左隻を眺めた。
弘は木箱の中を覗き込み、底にある塵を採取してミニシャーレに入れた。それを机上に並べてあるミニシャーレの横に並べ、パソコンから分析依頼のメールを送信し、三つのミニシャーレにそれぞれ印をつけると、机横の床にある奇妙な観葉植物に向かって声をあげた。
「バイテク観葉植物。配送せよ」
指示を受けたバイテク観葉植物の、かなり太い茎の頂にある大きなハスの蕾が開花した。その中央に、重ねた三つのミニシャーレを置く。すると、それを包み込むようにして蕾に戻った。
弘が分析依頼のメールを送った先は、段取り役温羅者が手配した研究者たちで、この研究所内にいる。だが、灰色の存在である温羅者は、できるだけ身を隠して謎解きを進めなければいけない為、段取り役温羅者が手配した研究者たちでも顔を合わせることはないし、喋ることもない。そのような点においても、段取り役温羅者が手配済みで、だからバイテク観葉植物というものが設置されている。このバイテク観葉植物は、そのまま床から生えている。それは、バイテク観葉植物のかなり太い根が、床や壁の中を通り、研究者たちがいる研究室と繋がっているからだ。そして、ミニシャーレは、茎から根を通り、口のように穴が開いた研究室の壁に辿り着くのだ。
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