第3話 覚醒
「どのくらい眠っていたのだろう」
上半身を起こして、二曲屏風を見る。
二曲屏風の本紙は茶色に変貌し、枯れたような状態になっている。だが驚くこともなく、それよりも、そうなることを確認するような目付きで見つめた後、床の上で広げられたままになっている巻物を見た。
巻物の本紙の文字は消え、本紙が茶色に変貌し枯れているのを確認すると、枯れ葉のような感触を手の平に受けながら巻いていく。巻き終わると、濡れた雑巾を絞るようにして捩じり、ぽきぽきという音と共に巻物を木っ端微塵にした。
やけに落ち着いた様子で行動する表情は、悪寒に襲われて眠りにつく前とはまるっきり違っていた。何かを自覚して目覚めたような、爽快さと決意にみなぎっている。
「私は解明役
自らを確認するように呟いた。
依頼された謎解きをしていく解明役温羅者は、観察力、洞察力、直感力に優れ、内面を読むことに長け、真理を掴み取ることに秀でている。また、一定の法則を見つけ出し、それを方程式にし、計算する。そんな頭脳のアルゴリズムは、臨機応変に進化し、あらゆることを加味し、考慮し、柔軟に解決していく。
「二曲屏風も巻物も、バイオテクノロジーで作られていた」
呟いた幸は、広げたままの風呂敷包みに置かれている掛軸とプリズムを見た。どちらも枯れてはいない。
「このプリズムも、バイオテクノロジーで作られている。だから、バイテクプリズム」
バイオテクノロジーで作られたものは全て、名称の頭にバイテクが付く。
幸はバイテクプリズムを手に取ると、もう片方の手で掛軸を持った。
「これも、バイオテクノロジーで作られている。だから、バイテク掛軸」
握りしめたバイテク掛軸とバイテクプリズムを交互に見た。
「何か特別な意味がある」
バイテク巻物には書かれていなかったが、幸は直感していた。
厳しい表情だった幸が、ふっと口元を緩めた。そばで固唾を呑むように見守っている長い耳のウサギに目を向ける。
「兎兎」
親しみのこもった幸の呼び声に、ウサギは自分を認識してくれたと、垂直に高く飛び跳ねて喜んだ。そんな兎兎の目はプラチナ色をしている。白内障に思えるが、そうではない。ヒトには捉えられない波長を捉えることができ、聴覚もヒトには聞き取れない周波数を捉えることができ、嗅覚に於いてはあらゆる分子を嗅ぎ分けるため、ヒトの喜怒哀楽などの心の機微を読み取ることもできる。そんな解明守護役温羅者の鼻を鳴らす音を、情報として扱い、会話ができるのは解明役温羅者だけだ。解明守護役温羅者と解明役温羅者の絆は、遺伝情報に於いても強くて深い。それは、細胞の中に入って共生したミトコンドリアや葉緑体に似ている。
「行くよ、兎兎」
立ちあがった幸は颯爽と歩きだし、段ばしごを駆けおりた。後を追いかける兎兎だが、幸とは別れて玄関に向かった。これから幸がどのような行動をとるのか、兎兎は既に理解しているのだ。
薄紅色のレーシングスーツに着替えた幸が玄関にやってきた。三和土の床に尻をつけて座り胸を張って待っている兎兎の眼前に、幸は持ってきたリュックを置き、そのファスナーを大きく開いた。
察した兎兎は高々と飛び跳ね、宙で一回転し、リュックの中へするりと入った。それはまるで、飛び板飛び込みの選手みたいだった。
ブーツを履いた幸は、ファスナーを軽く閉めリュックを背負い、灯りを消して玄関の扉を開いた。一歩前に進んで扉を閉めたが、そこで足を止め、肺に空気を押し入れるように深呼吸する。すがすがしい心地よさが胸いっぱいに広がり、好奇心溢れる表情で微笑んだ。
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