第33話 暗殺者の正体

 鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声だが、弘にはしっかりと聞き取れた。

 「我は猿猴者えんこうじゃ

 猿猴者と名乗った暗殺者は、弘が言葉を理解できるようになったのを悟ったらしく、口元を歪めた。それは冷笑しているようにも見えるが、ただ笑っているようにも見えた。

 突然、骨の刀が弘の胴を斬りかかった。弘は骨の刀を受け流し、猿猴者の腹部に刀を向けた。だが、さっきとは違う軽い身の熟しで、猿猴者はしりぞいて間合いをとり、弘の横手に動き始めた。弘は間合いをとったまま、じりじりと対峙する方向へ転じる。

 「深海にいる猿猴者は、陸上にあがるとき、変態する」

 鳥の囀りのような獣の咆哮のような歌声を発しながら、猿猴者は骨の刀を持たない片腕を振りあげて指差した。

 弘は身構えたまま、用心しながら、指差す方向を見遣った。

 「脱皮した」

 例の観察した蛹から、メタリックに輝く裸体が出てきていた。蛹は真っ二つに割れている。間合いをとって座っている兎兎は、微動だにせず、動向を探っているようだった。

 弘は対峙した猿猴者を改めて見た。全く同じ姿だった。

 「まだ我もこの猿猴者と同じ。だが、更に変態すれば、ヒトと似た姿になる」

 対峙する猿猴者が、片側の口角をあげ、にやついた。

 「長年の地球の異常気象によって、時空の結界に歪みができ、そこに時々亀裂が生じる。我らはその亀裂から地上にあがってきた。犯行声明を出したのも我ら」

 「時空の……」

 首を傾げた弘が、次の単語で目を見張った。

 「犯行声明……なぜ温羅者のせいに?」

 訊くが、猿猴者は答えなかった。

 「なぜ温羅者を殺す?」

 この問いにも、猿猴者は答えなかった。苛立った弘は、腹立ちを露わにしながら、続けざまに詰問した。

 「猿猴者とはなんだ? 時空の結界とはなんだ? おまえたちの目的はなんだ?」

 だが、猿猴者は答えなかった。ただにやりと返した。

 舌打ちした弘は考えた。

 猿猴者とは、名前でもニックネームでもない。ならば、猿猴者とは、イカやタコなどといった種類のことかもしれない。

 睨む弘の視線を、対峙する猿猴者の目が導くように動いて見遣った。脱皮した猿猴者がいる方角だ。弘は注意を払いながら目を向けた。

 猿猴者が蛹殻の中に片手を入れていた。そんな裸体がメタリックから赤色になり、赤色から白色に、白色から赤色にと、赤と白で激しく点滅し、メタリックに輝く裸体に戻ると、蛹殻から取り出した片手には、白い骨が握られていた。

 魚が海面を飛び跳ねたような音が、白い骨から聞こえてきた。白い骨が白い刀に分化していく。分化したと同時に、兎兎目掛け、骨の刀は振りおろされた。

 ぎくりとした弘だが、兎兎は骨の刀を横飛びでかわし、地面を蹴りあげ、猿猴者の顎部分を蹴りあげる。だが避けられ、骨の刀が兎兎を斬った。そのように見えたが、身をくねってかわした兎兎が、宙でバク転し地面に着地した。

 睨みつける兎兎の頭上に、斬られた自らの毛が降った。それが完全に地面に落ちない間に、兎兎は地面を蹴って飛び跳ねた。その直下を骨の刀が擦り抜けていく。そんな骨の刀を、兎兎は後足で弾き、その反動を利用し、もっと高く跳ねあがり、猿猴者の肩部分を蹴って背後に回った。

 振り向いた猿猴者は、間合いをとって座っている兎兎を見下ろした。兎兎は余裕ありげに、後足で首根っこを掻いている。

 弘は口元を綻ばせた。

 「兎兎。もてあそんでやれ。こっちを片づけたら……」

 きりりと弘は、対峙する猿猴者を睨みつけた。

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