第31話 バイテクプリズム 扉

 胸ポケットのバイテクプリズムから伸びる赤色光が照らす道は、坂道になっていた。車が一台通れるほどの山道だ。しばらく幸は駆けあがっていたが、両脇を林に囲まれた道に、モノはもう襲ってこないと、走りから歩きに変え、曲がりくねった坂道を、黙々とのぼっていく。

 「ハイキングだな」

 幸の背後から、弘が気持ちを和ます声を響かせた。だが、つとその声が首を傾げる響きになる。

 「あれは何だ?」

 幸は振り向いた。兎兎は坂道の縁で、二本足で立ち、弘が指差す方向に、目と鼻と片方の耳を向ける。もう片方の耳は、他の警戒を怠らない。

 目を凝らした幸は、木立の葉群から射し込む陽光で輝く、楕円形の白い物体を見つけた。木の根元にある案外大きな白い物体は、下草に紛れることなく、異様な光景を醸し出している。

 幸はバイテクプリズムを確認するが、輝きは赤色のままだ。嫌な予感に襲われ、足を速めて坂道をのぼりだした。気づいた兎兎が後を追い、弘も続く。

 「あそこにもあるぞ」

 木立が途切れ、一軒家が建つほどの更地の前を通っていて、弘が声をあげた。

 更地の奥の片隅に、さっき見たのと同じ白い物体があった。弘がその物体に走り寄っていく。兎兎も鼻を鳴らした後、向かった。

 鼻の音を聞き取った幸は足を止め、少々溜息を吐いて、彼らの後を追って駆けた。兎兎の言う通りに危険な気配はないが、寄り道はしたくなかった。だが、観察しておいてもよいと思ったのだ。

 「これは蛹だ」

 仰天の声をあげた弘の隣で、幸は腰を屈めた。楕円形の白い物体は、近くで見ると表面が凸凹していて生々しい質感をしている。

 「こんな大きな蛹、見たことないわ」

 身震いした幸は、体格の良い大人がうずくまっているほどの大きさに、異様な不気味さと得体の知らないものへの畏怖心を湧きあがらせていた。

 「蛹から出るまでには、まだ時間がある」

 観察した弘の、この言葉が何を意味しているのか、理解した幸は踵を返す。腰をあげた弘も兎兎も続いた。

 来た道へ出ると、今まで以上に曲がりくねる坂道を、今まで以上の早い足取りでのぼっていく。バイテクプリズムから伸びる足元を照らす赤色光が緑色光に変わり、山頂に近づいたときには青色光に変わった。

 「扉はもうすぐよ」

 疲れを吹き飛ばすように叫んだ幸は、一気に坂道をのぼり切った。

 山頂は木立のない開けた場所だった。その奥に、巨石がそびえ立っていた。

 「入れ代わって現れたバイテク掛軸の絵だ」

 重々しく呟いた弘を横目に、幸は胸ポケットからバイテクプリズムを取り出すと、前方の巨石に向かって歩き出した。

 縦横五メートル程の巨石に近づいたとき、バイテクプリズムが七色に輝き出した。

 「この巨石が扉だわ」

 確信した幸は巨石に向かって、七色に輝くバイテクプリズムを一段と高くかざした。

 陽光を捉えたバイテクプリズムから、スペクトルが巨石に放たれた。

 巨石に映ったスペクトルと重なるように、光の三原色である赤色と青色と緑色の円が巨石に現れた。

 「扉が呼応した」

 幸の言葉に、弘は感嘆するような目付きで巨石を見つめた。

 現れていた円が消えると、巨石に映るスペクトルの光が一つずつ消えていき、最後に一つの光が残った。

 「鍵は群青色光よ」

 幸が微笑んだ。それに応えるように、薄茶色だった巨石が、まるまる群青色に輝き出した。

 「扉が開くんだな」

 初めて目にする扉というものに、弘は興味津々になった。

 「この扉も……いいえ……この巨石自体が、バイテク珪化木だわ。扉が開くよ」

 幸の目は爛々と輝いた。だが、程なくして、その目の輝きは薄らいだ。なぜなら、いつもなら既に扉は開いているはずの経過時間なのに、一向に扉は開くことはなく、その気配もないからだ。困惑するが、群青色の輝きが続いているということは、開くのに時間が掛かっているのだと、自分に言い聞かせて待った。

 しばらくして、扉は開くことなく、群青色の輝きは消えた。

 失望しかけた幸の目が、巨石に現れた文様を捉えた。

 「この文様は、例の古代文字じゃないか」

 意外な展開に驚いた弘の顔が、朱色に染まった。現れた古代文字が、朱色に輝き出したからだ。その輝きが消え、その古代文字も消えると、改めて、巨石にずらりと古代文字が並んだ。

 「バイテク蔓草……」

 幸はバイテク蔓草に指示を出しながら、地面に座り込んだ。古代文字を解読すべく、情報役温羅者から届いていた、莫大な言語に関する情報を読み取っていく為だ。

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