第21話 謎解き

 しばしソファで眠っていた幸と弘は、兎兎が後足で床を連打する音で目を覚ました。

 身を起こした幸に、兎兎が鼻を鳴らした。聞き取った幸は、欠伸をしている弘を見た。

 「メール着信音が鳴ったって」

 弘は不機嫌そうな顔つきで腰をあげると、パソコンに向かった。メールを開き、読み取っていく。

 「連携した研究所からだ。細胞の中から未知の元素を特定した。未知の元素は、小さな未知の分子構造の中に存在していた。そして、その未知の分子は、細胞の中の至る所に存在している。また、未知の元素は、専門の研究所に回され分析中だ」

 報告した弘は、ソファにもたれている幸を見遣った。目を合わせることなく幸は推測している。

 「未知の元素が結合する未知の分子によって、眠りについていた遺伝子は塩基配列の欠如などの損傷を修復した可能性が高い。未知ゆえに、通常では考えられない、有り得ない、とんでもない作用を引き起こしたといえる。葉緑体も、その未知ゆえの作用で、古に細胞核ゲノムに移行して眠りについていた遺伝子から蘇ったといえる」

 「全ては、未知の元素の仕業というわけだな」

 全てという単語を強調した弘に、幸は目を合わせて頷いた。

 「貨物機の件は、未知の元素が結合した未知のタンパク質が原因。ペットの件は、未知の元素が結合した未知の分子が原因。これらが意図的ならば……」

 幸が重苦しい表情になった。

 「バイテク兵器よるテロの可能性が高い」

 「ペットは変異したが、何らヒトに危害を及ぼしていない」

 疑問を口にした弘に、幸が憶測した。

 「失敗したのかもしれない。本来は葉緑体ではなく、ペットを操り人形のように動かしてヒトを襲わせる、古ウイルスを目覚めさせるのが目的だった。カタツムリが寄生虫に操られて鳥に食べられるような感じで……」

 想像した弘は身震いした。幸はそばでうたた寝をしている兎兎を見た。

 「愛するペットに襲われたら……ヒトはどう対処するだろうか……我が身を守るためにペットを殺せるだろうか……」

 幸に優しく撫でられる兎兎は幸せそうだ。

 「ゲノムは玉手箱よ。兵器として利用するなんて……」

 苦虫を噛みつぶしたような幸の声を掻き消して、メール着信音が鳴った。

 「専門の研究所からで、未知の元素の分析結果だ」

 声をあげた弘は、読み取っていく。

 「貨物機の件とペットの件、それぞれで検出された未知の元素は、それぞれ違う未知の元素で、自然界に存在しない不安定な元素だ。たとえ加速器で生成できたとしても、一秒ももたない。すぐに崩壊する元素だ。安定するはずのない不安定な元素が、安定な元素となり、未知の元素として存在している」

 報告した弘は、仰天の表情で幸を見遣った。眉間に皺が寄った幸は、小難しい顔つきになって考え込む。

 「不安定な元素がなぜ安定しているのか、研究者も皆、首を捻っているらしい。また、そんな未知の元素が、どうして既存の元素と、こんなにも結合しているのか、全く分らないということだ」

 弘がつけ足した。

 「だったら、意図的に作られたものということになる」

 結論づけるような言い方をした幸に、思わず弘は反論した。

 「有り得ない。自然界に存在しない不安定な元素を、自然界に存在できる安定な元素にし、それを結合させるなんぞ。そんな技術はまだない」

 「でも、現に存在する」

 落ち着き払った物言いの幸に、弘は我に返ったように口をつぐんだ。

 「貨物機の件もペットの件も、なぜあんなにきれいな円を描くように広がって止まったのか。物理法則にそぐわない有り得ない現象は、不安定な元素が安定な元素として存在し続けるという有り得ない作用、そんな物理法則が加わったせいよ」

 幸が弘を見遣った。目を合わせて指示を出す。

 「未知の元素を作り出せる、加速器がある施設や関連機関を洗うことだと、窓口役温羅者に伝えて」

 「依頼してきた依頼人に洗わせるということだな」

 確認するように言った弘に、幸はきっぱりと返した。

 「その段階よ」

 「了解」

 弘はメールの作成に取り掛かった。

 しばらくして、メール着信音が鳴り、弘はメールを開いた。

 「窓口役温羅者からだ。謎解きの依頼が入った。海外からの依頼で、犯行声明はまだない」

 「その謎解き、受ける」

 即答した幸は、直感に嫌気が差すのか、うんざりした顔つきだ。

 「前件と同じように、データから地図にマッピングをし、円であることを確認し、その中心を求め、円内で発生した症状からその中心にある感染源を割り出し、共通する原因物質、病原体を特定し、特定したそれから未知の元素の有無を調べて」

 幸は依頼内容を聞きもせず、弘に指示を出した。

 「了解」

 あっさりと引き受けた弘は、既に心得ていて、早急に取り掛かった。

 幸は自分の精神の疲れを癒やすように、兎兎を優しく撫でた。兎兎はそれに呼応するかのように、深い眠りについた。

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