第5話 集結
「俺は
振り向いた幸は、弘と名乗った彼の全身を見た。青色のレーシングスーツを纏った体躯はがっちりしていて、背は高くないが幸よりは高く、年齢は同い年だと見極める。
弘は持っていた緑色の刀を、車道のアスファルトに強く打ち当てた後、放り捨てた。刀が緑色から茶色に変色して枯れていく中、よろしくというように、弘は大きな手の平を幸に差し出した。
「私は解明役温羅者の幸よ」
差し出された弘の手を、幸は親しみを込めて握り、童顔の顔をより一層幼くして笑った。
「知っている。俺は解明役温羅者の助手だからな」
弘はごつい顔を歪めて笑った。
解明助手役温羅者は遺伝子発現したその情報で、共生に足る解明役温羅者を直感し、解明守護役温羅者と同じように解明役温羅者の元へ向かう。
「ここに来る途中、窓口役温羅者に解明の申請をした」
話しながら弘は背を向け、幸のバイクを起こした。
窓口役温羅者とは、役名通りに窓口をする。謎解きの依頼を受けたり、受けた依頼を解明役温羅者に振り分けたりもする。
弘は車道に転がっていたヘルメットを拾い、幸に手渡した。弘の動きは、何をするにしても無駄がなく、堂々としている。また、恐怖心などを制御できる強い心を持ち合わせているようだ。
ヘルメットを受け取った幸は微笑んだが、弘は微笑み返すことなく厳しい顔つきになった。
「申請してすぐ、窓口役温羅者から謎解きの依頼が入った。そのとき、先の暗殺者の注意喚起と情報も聞いた」
先という単語で、幸は黒い闇が暗殺者だと理解し、表情を引き締めた。
「二十数年前から温羅者は暗殺者によって次から次へと殺されている。暗殺者は、暗闇でしか動かない黒い闇であること。それしかわかっておらず、未だに正体は不明ということだ」
緻密に張り巡らされたネットワークによって、得られない情報はないと言われる情報役温羅者。そんな情報役温羅者でさえ正体を知ることができない暗殺者とは……
弘が厳しい顔つきになった理由を知り、幸は身震いした。
「俺は大学一年生でバイオテクノロジーを専攻している。普通ならば未熟者だが、バイオテクノロジーを得てする温羅者遺伝子によって、護身用の武器を作ることができた。今にしてみれば、作っておいてよかったと思う。幸の遺伝子発現した武術はナイフ術だろ?」
頷きながらも幸は、全く意図が掴めず首を傾げた。そんな幸に、弘は自らの左手首に巻いている蔓草を見せた。太さ二センチほどの蔓草の茎が手首に巻きつき、茎には一センチほどの葉がまばらについている。見掛けは、木に絡みつく蔓草そのものだ。
「この蔓草はバイテク蔓草で、俺のゲノムと声紋が登録されている。だから、俺以外には使用できない。そんで、俺の遺伝子発現した武術は刀術だ」
バイテク蔓草を巻いている左手を、水平にあげた弘は声を出した。
「バイテク蔓草。刀に分化」
弘の指示を受けたバイテク蔓草から蔓が垂直に伸び、それが細胞分裂し、緑色の刀に分化した。まるで早送りの動画を見ているようだった。
「バイテク蔓草は、ゲノム操作した蔓草に、脱分化と再分化を何度でも繰り返すバイテクカルスや、分化を十数秒から数分で成し遂げるバイテク酵素や、バイテクカルスを目的の形態に分化させる為の、遺伝子発現を操作する折り紙プログラムを組み入れた分子ほどのバイテク量子コンピュータを、組み込んでいる。だから、指示を出せば、どんなものにも分化する。バイテクカルスは、カルス(未分化の植物細胞)に人工遺伝子などを組み込んで作りあげている」
自慢気に説明した弘は、バイテク蔓草にくっついたままで分化した刀の柄を、圧し折るようにしてもぎ取ると、その刀を誇らしげに掲げた。バイテク蔓草のもぎ取って傷ついた部分は、見る間に再生した。
「これは同じ物だ」
弘は肩に掛けているリュックに手を突っ込むと、蔓草を取り出した。幸に差し出す。
受け取った幸は、レーシングスーツの上から、バイテク蔓草を左太ももに巻きつけた。ぎゅっとバイテク蔓草の茎が締めつける感触と共に、太ももにちくりとした痛みを感じる。それは、バイテク蔓草が幸のゲノムを登録したからだ。
「バイテク蔓草。二本の刃渡り十二センチのナイフに分化」
幸が指示を出した。このことで、幸の声紋はバイテク蔓草に登録され、指示を受けたバイテク蔓草から二本の蔓が水平に伸び、それぞれが細胞分裂し、ナイフに分化した。
幸は興味深そうに、バイテク蔓草にくっついている二本のナイフを触った。ナイフとは思えない緑色だが、刃は出回っているナイフと全く遜色はない。そう感じながら、ナイフの柄を握ってもぎ取り、左手と右手に握った。姿勢を正して構えると、街路樹の幹に向かってそれぞれを投げた。
幹に突き立った二本のナイフは、数分後、茶色に変色し枯れた。基本的に植物細胞でできているため、かなりの強い衝撃を受けると、このように枯れる。
「このバイテク蔓草を市場に出せば引く手数多だろうな。だが、それでは温羅者の精神に反する」
得意気に言った弘が、厳と付け足した。
「温羅者は決して生命を奪ってはならない。だが、例外はあるはずだ」
弘は意味あり気な視線を幸に向けた。
「既に多くの温羅者を殺した暗殺者は殺しても良いと?」
察した幸が、否定するとも肯定するともいえない言い方で返した。
「暗殺者であっても生命ある限り、温羅者は決して殺すことはしない。だが、自らの身を守るため、思わず殺すことになってしまったというのなら……それは仕方のない域だと、俺は思う。なぜなら、あの暗殺者には容赦という思考はない。その上、かなりの戦闘能力だ。殺すまいという考えで暗殺者と戦えば、必ず殺されてしまう」
言い切った弘の眼差しは真剣だ。その眼差しは、幸以外の人物も捉えているかのようだった。
幸はしっかりと頷いて受け入れた。
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