温羅者/バイオテクノロジー

月菜にと

第1話 シグナル

 誰も寄りつかない深い山奥。続く樹冠の中に、ラグビーボールの形に似た巨大な岩の突先が見える。この巨大な岩は珪化木だ。朝日に照らされる珪化木の表面は、樹皮と同じように皺があり灰色をしている。その表面に、突如、小さな二つの丸が現れた。それがきらりと光ったと思いきや、表面から突き出た。それは両目だった。次に、鼻も突き出てきた。何かを嗅いでいるように、ぴくぴくと忙しく動く。と今度は、二本の長い耳も突き出てきて、何かを感知するように動いた。

 ――捉えた。

 珪化木の表面から飛び出てきたのは、ペットショップで見掛けるウサギだった。

 地面に降り立った灰色のウサギは、口周りから鼻筋が白く、四肢の先も白い。二本足で立つと、上空を見上げ、鼻をぴくぴくと動かした。

 ――ひとつ、ふたつ、みっつ……ここのつ…………

 数えていく。風に乗るシグナル分子を、鼻で捉えているのだ。

 ――かなり遠いな。

 悪態をついたウサギは、首を竦めた。だが、後足で力強く地面を蹴って飛び跳ねた。シグナル分子が流れてきた風上に向かって飛び跳ねていく。

 いくつもの山林を抜け、県道に出た所で、アスファルトを苦々しく睨みつけた。

 ――土の方が好きだ。

 鬱陶しそうに足元を睨んだウサギだが、まるで土埃を立たせるような勢いで、アスファルトを蹴って飛び跳ねていく。

 どのくらい飛び跳ねただろうか……

 足を止めたウサギは、皓々と照らす月を仰ぎ見た。鼻を高くあげる。

 ――みっつ。

 鼻で捉えたシグナル分子を数え、にんまりとなる。

 ――あと少しだ。

 田畑を抜ける車道の端を飛び跳ねていく。

 市街地外れだが民家が建ち並ぶ車道に入ったところで、ウサギは疲れた足を伸ばし、背筋を伸ばした。鼻を高くあげると、月の光は弱まり、暁の様相を呈している。

 ――ひとつ。

 にんまりとしたウサギだが、きりりと表情を引き締めた。

 ――僕は解明守護役温羅者うらじゃ。名は兎兎とと

 兎兎はアスファルトを力強く蹴って飛び跳ねていく。

 ――役名通り、僕は解明役温羅者を守護する遺伝子を持っている。この遺伝子は、解明役温羅者の遺伝子発現を伝えるシグナル分子によって発現する。

 前方に土塀が見えてきた。

 ――あそこが解明役温羅者として、遺伝子発現した者の家だ。

 土塀の上に庭木が覗いている。その頂の上に見える旧家の屋根瓦は、朝日に照らされ、きらきらと輝いている。

 兎兎はゆっくりと速度を落とした。

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