だい〝にじゅうに〟わ【安達と比企】
金曜日になった。僕たちのために今日もまた職員室横の応接室を開放してくれるそうで、もうすっかりVIP待遇。しか〜し、なんだろうなこの気楽さは。もう五人揃っちゃってあとふたりの説得が成功しても失敗しても関係ないというふわふわした気持ちがあるからだろうな。
そんな昼休み、約束の時間の十分前。ひとり大真面目な顔をして上伊集院さんがやってきた。そう言えばあだ名なににしたんだろう? ともかくこれで四人が集合。徳大寺さんは同じクラスだから一緒に来たし、新見さんは僕たちが来たときもう応接室のソファーに座っていた。昨日あれから徳大寺さんとなに話していたんだろう? あと来ていないのは山口先輩だけだ。
それをいいことに(?)というわけでもないだろうが上伊集院さんが提案してきた。
「五人全員であのふたりと会うことにしたいと思います」と。
僕には特段反対する理由もなかった。他のふたりもそれは同じだったようだ。ここでようやく山口先輩がやってきた。先輩のいないところで勝手に決めちゃったけどいまさっきの話しをすると少し意外、文句も嫌味も言わなかった。目の前でお手並み拝見ってことなのだろうか。
しかし山口先輩は毒舌だった。
「例のふたり、約束の時間より前にやってくるってことはなかったみたいね」
でもそれは事実だった。ひょっとしてめんどくさいとばかりに約束をすっぽかして来ないかもしれない。そんな山口先輩に上伊集院さんは特段異議も唱えず、
「ええ」とのみ言った。
時計が午後一時十五分を指した。計ったように応接室のドアが開きふたりの女子が入ってきた。この時間が正に約束の時間だ。黒髪ロングの女子が先、その後からおかっぱ頭の女子。
ふたりのうち一方の姿を見て『ああそうだった』と思い出した。僕に一方的な話しをしたのは『黒髪ロングの真っ直ぐさらさらストレートの女子』。上伊集院さんとほぼ同じ髪型なのにお嬢さまっぽさとかそういう雰囲気は薄い。
そしてその女子の顔、こんな顔だったろうか? なんかキツい鋭い目つき悪い、その印象だけが強調され記憶に残っている。でも——これはこれで美少女なのかも、いや美人の成分がより強い美少女というか。上伊集院さんの優しさを感じさせるタイプとは別の美少女。
なぜあの日こうした感想を持たなかったものか。女子に断られ精神が錯乱しカーッっと激情してしまったせいなのか、あまりの惨めさで憤怒の状態になったせいなのか、相手の顔の一部が歪んだ形で記憶に刻まれてしまったようだ。目で見ているのに見ていないという変な状態。今日はこうして落ち着いているから相手の顔もよく見える。それは連れの女子にも言える。おかっぱ頭の女子はその時代がかったというのか、普遍的(?)すぎる髪型が強く記憶に残っているが思い出した! 後ろのこの女子の方が好みだって思った。昔風の髪型に顔はカワイイ系。
しかし、なんだろう? このざらついた感じは。これは女子同士の関係のはずなのに顔の良いもの同士で友だちなんかやってるのがなにか眩しい。
ただ性格は新見さんをさらに極端化したようなタイプなのか、ただロングの女子のあとを忠実に着いてきている感じ、というのは最初に見た日の印象と変わらない。
そしてアニメとかラノベでは絶対に起こらないことが起こるのが現実。普通はその逆なんだけど。つまり同じような髪型の女の子は同じ作品世界には登場しない。これが俗に言うキャラかぶり。キャラと言えば性格だが髪型もキャラそのもの。しかし目の前にはほとんど同じ髪型の女子がふたり。
これは……なにか起こる。黒髪ロングの真っ直ぐさらさらストレート系女子は自分の髪に強いこだわりがある(たぶん)。人並みの女子以上に。そして同じような髪型の女子には好感情を抱かない(たぶん)。
まして——髪の下、つまり顔って意味だけどライバル関係になってもおかしくないほどのふたり。
このふたり絶対に上手くいかない。そんなニオイがプンプンする。まずは上伊集院さんが立ち上がり切り出した。
「初めまして、安達さん、比企さん、わたしが上伊集院です」
「知ってるみたいだけど一応しておくわ。安達閑夏(あだち・しずか)、よろしくね。こっちのコは比企和穂(ひき・かずほ)」黒髪ロングの女子が言った。
やっぱりこっちが安達さんということで間違いないらしい。このふたりの誘いを断ってしまった新見さんはいつの間にか徳大寺さんの後ろに隠れていた。
くっつかれているねぇ。徳大寺さん。
でも、この安達さんとやらは新見さんなど眼中に無く存在しないかのように振る舞っている。ソファーに腰掛けるでもなく話しを続けるつもりらしい。そのせいか比企さんも着席しない。まるで主に忠実な忠犬である。表現は極めて悪いが。
「お二人が鎌倉時代が趣味なのは有力御家人の人と名字が同じだからですか?」上伊集院さんが雑談から入る。
「なんなの?」
「歴史が好きなら歴史の話しをした方がコミュニケーションがとれると思って。やっぱり北条時宗さんのファンなの?」
「そうね。『さん付け』は心がけが良いわね。日本史上最大の英雄よね。織田信長なんかより」
なんだろうこの台詞は。敵対的というのか、信長ファンがこの中にいるって思っているのかな? この中には山口多聞さん、新選組の皆さん、西郷どん、武田勝頼ファンを公言する人間はいても信長ファンを標榜している人はいないんだけどな。待てよ、徳大寺さんについては聞いてないや。
「比企さんはどうして鎌倉時代なの?」今度は上伊集院さんは温和しそうなコの方に話しを振る。
「やっぱり時宗さんだから。あんな時代に十八歳で執権になったのって凄いと思うから。いまのわたしと一歳しか違わないし」
『あんな時代』ってのは元が攻めてきたっていう時代なんだろう。でも比企さんがそう言い終わった時安達って女子が比企さんをジロリと睨んでいたように見えたのは気のせいか?
「本題お願いできます?」安達って女子が話しを強引に終わらせる。やはり無事に済まない雰囲気がぷんぷんする。
「じゃあ本題だけどふたりにはわたし達の『会』に加わってもらえないかと思っています」交渉責任者(たぶん)たる上伊集院さんが切り出す。
「さっそくね。で、会長は誰なの?」黒髪ロングの女子安達さんが言った。偉そうに言ってのけていた。
「会長はまだ決まってません。入るべき人が全て入ってからが順序だと思いますから」上伊集院さんが応じる。
「そうね、もっともね。でも私たちが入らないと規定の人数は満たさないんじゃなかったかしら?」
「満たしていますが」上伊集院さんは言った。
「あの、閑夏さん、もう五人いるよ」比企さんという女子の方が先に気づいて指摘した。
「なんで⁉」と安達さん。
きっとここは大笑いするところなのだろう。しかし笑っちゃ失礼だ。みんな意外に紳士淑女だな(あっ紳士は僕ひとりか)。みんな誰一人笑わず。堪えているに違いない、きっと。
安達さんは制服のポケットから折りたたんだリストを取りだした。確認している。
「女子が一人多い……」と独り言を言ったかと思うと突然、
「誰?」と叫ぶように言った。これは、徳大寺さんに……たいへんに失礼だ。
「それはわたしです」徳大寺さんが名乗り出た。
「あなたは誰?」
「徳大寺聖子です」
「徳大寺ってあの藤原北家の流れを汲むあの徳大寺?」
また同じことを言われてる……歴女は名家マニアだというのか?
「いえ、わたしから何代か遡ったご先祖さまが住んでいたところ近くに徳大寺というお寺が——」という説明をまた徳大寺さんがしていた。
いいなあ由緒ありそうな名字だと。『我こそは藤原北家の流れを汲む徳大寺なりっ!』と嘘言っちゃったらどうなっていたのかな? まさかそれで尊敬されちゃったりするんだろうか?
「まぁいいけどさ、どうしてこんな歴史系の同好会なんかに参加しようとしたの?」
「そりゃまあ参加するとは思わなかったけど成り行きで……」
「まぁあなたは良いとして、どうして男子がいるの?」
むかっっっ‼ 僕は本当に腹が立った。確実にそのことばの意味は『わたしが断ったはずの人間がどうしてここにいるのか?』だろう。それは明らかに僕抜きで五人は揃うって意味だ! こっちは五人揃ったからって、そちら側ふたりを排除するのはよくないって考えでこの場をセッティングしたというのに!
しかし——
「別に歴女の会を作ろうとしてませんから!」徳大寺さんが言ってくれた!
徳大寺さん……
いまここで思いっきり徳大寺さんをハグしたいけど、それやるとセクハラになるからできない。ありがとっ! 嬉しいっ。
「さてはこの男子のコにくっついてきたんでしょ?」
安達(もはや呼び捨て)とかいう女(もはや『子』はつけない)はそう言った。確かに徳大寺さんはくっついてきた。でもそれは僕が頼んだから。その結果なんとなくここにいたいと思ったってそれは徳大寺さんの勝手だ! もう僕は頭に血がカーッと昇ってしまっていた。
この——、と口から出る直前、
「わたしはあなた達ふたりにこのわたし達の『会』に入って欲しいと考えています」上伊集院さんが再びズバリ端的に要件を言った。
しかし安達は無言。上伊集院さんを睨みつけるように見ている。
「それでは返答は?」上伊集院さんが返事を催促する。自慢の(?)長い黒髪に手串をさっと通しながら言っていた。同じ髪型の女子の前でこれをやるって……明らかに挑発!
沈黙
「入るのを保留させてもらいます」安達は言った。そうしてくるりと反転すると、
「カズホっ行くから」と強い調子で比企さんにこの場を出るよう促す。もう安達はドアの方に向かって歩いている。連れのコもぺこりと一回頭を下げ追うように応接室を出て行ってしまった。僕たち五人だけが部屋に残された。
「もう決まりね」山口先輩が言った。
「決まりって?」上伊集院さんが問う。
「もう同好会設立の届け出出しちゃおうってこと」と山口先輩。
「しかし『入らない』とは言わず、『保留』と言ったのですが」上伊集院さんが返す。
「甘いわね」
「まあそうかもしれません」
僕も甘いと思う。どう見ても友好的じゃなかった。もうひとりの女子には可哀想だけど。
こうして後味の悪い昼休みが過ぎていく。
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