だい〝なな〟わ【主人公今川真の栄光の(?)過去】
「話しを変えましょう」徳大寺さんは言った。
「え?」
「今川くんも昔からこんな人たちが好きなわけじゃないよね? こーゆー人たちを好きになるきっかけ……っていうか、こーゆー人たちを好きになる前はなにしてたの?」
「それを言わなきゃいけないのか?」
「当然でしょ。わたしにどうにかしてって相談しているんだから全て事情を話してもらいます。それからもう『うぅ』は受け付けませんから」
力なく、だけどうなづくしかない。ぼそぼそといった感じで語り始める。
「僕は中二にして厨弐病を卒業した……」
「わたしさ、隣にいて今川くんという男子にはどこか普通じゃない、変だという雰囲気がぷんぷんとしていたんだけど、でも突然こう来る?」
変わってる云々はお互い様じゃないか?
「来ました」と僕は言っておく。
「えーとっ、意味が分かりません」
「つまりその……自分の家を滅ぼしちゃった戦国大名の人同様に僕も滅んじゃったクチなので……」
「生きてるじゃない」
「いや、そういう意味の滅んだじゃなくて、例えば武田勝頼や北条氏政は死んじゃったけど今川氏真は生きてるっていうか」
「いったん戦国からは離・れ・て、いまの話しをしてください」
「今じゃないじゃん、僕の過去の話じゃん」
「い・い・か・ら、中学二年の時の話しをわたしにしなさいっ! 今川くん中二の時なにしてたの?」
「……」
ぼそぼそっと小声で喋った。なにを言っているのか聞き取れないくらいの。
「もう一度」
「……カー」
「聞こえない。わたしも暇じゃないのよ」
もう観念するしかない。これも目的のため。やけくそで言ってやる!
「『ふっとぼーる』だよ」
「へぇフットボールってトライとかやるやつ? 顔に似合わず勇ましいんだ」
「いやそれ、ラグビーだし、『ふっとぼーる』っていうのはサッカーだし」
「……紛らわしいこと言うから勘違いしちゃったじゃない! サッカーならサッカーと言えばいいでしょっ! で、どの程度のレベルでやっていたの?」
「……サッカー部」
「控えの控えだったとか?」
徳大寺さんってつい失礼なことを〝するっ〟と言ってしまうよな。だけど怒るわけにいかないけど。
「一応レギュラーだった」そう言った。だけどこれは負け惜しみじゃない。
「ふぅん、でポジションはどこ?」
「右利きの左サイドバック」
「……話し盛ってない?」
「徳大寺さんの前で盛ってどうするの?」
「わたしと話すときは盛る必要がないっていうの⁉ 女の子の前ではカッコつけるもんでしょ! っていうかレギュラーだったなんて言って既に話しを盛ってる可能性があるけど。わたしが女の子だから?」
今ので少しだけカチンと徳大寺さんは来たよう。
「——だって本当なんだから」僕がそう言うと、というかそれが真実だからそう言うしかないけど。さすがに徳大寺さんも言いすぎたと思ってくれたらしい。
「ごめん……すぐには信じられない」そう言ってくれた。
「徳大寺さんは優しいね」
「なぜ?」
「言ってくれたことは『すぐには』だから。普通ここは『まったく』が来て『信じられない』につながっていくんだと思う」
「今川くんの言ったとおりにつなげると『まったく信じられない』になるよね」
「そう」
「とことんネガティブだよね。要するにサッカー、中二で挫折したってことでいいの?」
「それでいい」
「中二にして厨弐病を卒業したってのはなんなの?」
「ああ、僕はけっこう大きくなってからも、そうだな、小六になってからも割と本気で自分は将来日本代表の青いユニフォームを着るもんだと信じ込んでいたから。中二になって目が覚めた」
僕は『いや〜それは厨弐病とかとは違うんじゃないかな。できそうもないことをできると思いこむとかとかいうのが厨弐病だし。そういうサッカーの場合とかは純粋な子どもの夢だと思うけど……』なんてなんてことを徳大寺さんが言ってくれたらいいな〜なんて思っていたけど、返事は、
「そう……なんだ」だけだった。まあいい。肝心なのは本題だ。
「で、そんな時に見た大河ドラマをきっかけに、それ以降日本史に急に興味が出てきてしまいまして。ただし滅んだ方だけど」
徳大寺さんはそりゃビミョーな顔をしていた。
ハッ、まさか僕の顔は気鬱憂鬱陰鬱なものになってる? 全てをあきらめた、達観した、寂寥感そのものになってる? でもさ『影のある男子』ってどうよ? それはそれで良いんじゃない? この表情の磁場に引き寄せられてなんてことない? 心の声で口に出して言う勇気ないけど。
「正直女子を惹きつけるのは難しいと思う」徳大寺さん、まるで僕の内心を読んでいたかのように言った。
でもってスパっとあっさりだーっ! 徳大寺さんは率直すぎる!
「こんな男子のことをカッコいいとは女子は思わないよ。いっしょにいたいなんて間違っても思わないんじゃないかな」
ダメを押されたーっ。押さなくていいのに!
「じゃあやっぱり無理なのかな……」いかにもな弱音が出る。
「『難しい』は『不可能』ってのと同じ意味じゃありません!」
意外、徳大寺さんは渇を入れてくれた!
「徳大寺さん……手伝ってくれるの?」
「もう手伝うって伝わってない?」
「ありがとうっ」
そして徳大寺さんは、ぼうっとした顔でつぶやいた。
「男の子に感謝される——。なんだろうこのふわりとくすぐったい感覚は——」と。
「はい?」
「いやっなんでもないっ! それよりさ、今川くんは戦国時代にちょっと詳しいんだよね?」
本当は『ちょっとどころじゃないぜ。それに戦国時代限定だと思ってもらっても困るぜ』と言いたいところだけど、こと知識に関しては上には上がいる。謙虚でいるのが無難だな。
「まぁね、ちょっとしたこだわりがあるからね」
「その話題で他の女の子たちと会話にならないの? トークで勝負ってことで」
「難しいかと」
「え? 日本史が好きって、歴女でしょ? 歴女と言えば戦国武将か刀剣でしょ?」
刀剣って歴女なのか? まあいい。話しを進めるのが優先だ。
「ところがねぇ、ウチの学校の歴女系同好会、『戦国武将なにするものぞ』ってな感じで、まるで狙ったようにその時代を外してくれてるっぽい」
「なんでそんなのが分かるの?」
「学校側から紹介を受けた四グループの会の名前からだよ。戦国大名家の名前とか、戦国武将の名前とか全く見当たらない。全てだよ」
「今川くんが彼女たちに合わせてあげたら?」
「いや……ものには限度というものがある」
「そこは努力すべきでしょ」
「もし努力で克服できたとしても、こっちと話し込んであっちは放置とか、そういうことになるんだよ。そういうのをなんとかできるのが『戦国武将』という共通言語なんだけど、その共通言語が通じそうにない。みんな好みがばらばらで」
「じゃ、そのリストわたしに見せてみて」
そう徳大寺さんは言っていた。
僕はリストを徳大寺さんに渡す。徳大寺さんはそれを受け取りじっくりと目を通している。その様子は意外に(失礼)真剣に見えた。
こうして木曜日が終わっていく。
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