だい〝に〟わ【主人公今川真、隣の席の徳大寺聖子に『BIS規制』を説いてしまう】

「徳大寺さん、いまちょっといい?」


 うおおおおおおーーーーーーーっ‼ 遂にやっちまった。しかしやらざるを得ないっ。

 突然そう話し掛けた僕。女子に話しかけてしまった僕。ある日の昼休み、徳大寺さんはお弁当を食べ終わってさてどこへ行こ〜かな〜と思って(たぶん)席を立ち上がりかけたとき(いったいいつもどこへ行くんだろう?)僕が出鼻をくじいたのだ。

 嘘だと思うかもしれないが、僕はカッコイイかな〜と思えば思えなくもない男子だぞ。そこはせめてもの救いになってないかな?

 その徳大寺さんは僕の方へと顔を向けた。


「初めまして、今川真(いまがわ・まこと)です」と自己紹介から始める。


「あの〜知ってるんだけど、もう六月も近いしさ」

 ごもっともです。えーしかしどうやって女子と会話をつなぐんだっけ?


「『今川わ〜るど』なので深く気にしないでください」


「はい?」

 しまった! 呆れられているような。


「徳大寺さんって特に誰かと親しいとかそういうの無いよね?」

 徳大寺さんは怪訝そうな顔をしてきた。


「なにそれ? まさか『つき合っている人いる?』ってこと?」


「うん、そっ!」

 あれっ? 飲まれて思わず相づちうっちゃったけど、


「いやぁ別にこれといって特別なひとはいないけど……」と徳大寺さんは返してくれた。


「良かった。つまり特にこれはという友人はいない、ってことだね」

 むかっ! という顔を徳大寺さんはした。


「そういう意味だったの⁉ 二年になってから仲の良いコと別のクラスになっちゃっただけなのっ! わたしは‼」

 しまった! ろくに考えないで返事して怒らせてしまったぞ。警戒感を持たれたかも。ここは下心(女子の身体を求めるココロ)が無いところを見せて安心させないと。


「『BIS規制』についてどう思う?」

 絶対に女子に警戒感を抱かせない我ながらうまい話しの振り方だ、と思った。

 だけど徳大寺さんはな〜んの反応も見せないでぽかんとしている。

 びす? 『びす』って『ビス』? ネジの親戚? なにそれ? って思ってる(たぶん)。いよいよまずい、何も喋ってくれないぞ。


「金融機関の自己資本比率を八パーセントにしなければならないという突然造られた超ルールのことだよ」僕は速攻で補足した。

 突然こういう訳の分からない話題で話し掛けられたんだよ。うえぇわけ分かんない(たぶん)、という顔をしている。


「いや……よく分からないけど……」

 案の定——


「あぁ、もうだいぶ昔々の話しになるから……だけど金融方面では有名な話しで」


「わ、わたしにそういう話しされてもどうかな〜? そうだっ今川くん銀行員にでもなるの?」

 これは明らかに失敗してる。僕は確実にヘンだと思われている。元からヘンだけど。


「違う! いやそうじゃないっ! そういう話しをするつもりはなくて、今のはもののたとえ話で」


「はぁ……」


「つまりある日突然これまでのルールが否定され別のものに変えられた挙げ句『これが新しいルールだ! お前たちはこれに従え‼ 従わんと処罰する!』などと言い始める者は正しいだろうか? という問題なんだ」


「はぁ」


「いや、そうじゃなくてこの場合『正しい』と思うか『いいや! それは違う‼』と思うかどちらかなんだけど」


「どちらかと言うと『違う』のかな」


「さすがは徳大寺さん! 僕が見込んだだけのことはある」


「はぁ」


「実はこの学校において或るルールが変えられてしまった。知ったのはなんと今朝だ!」


「え? そうなの?」


「いまひとつの反応で悲しい」


「どう反応して欲しかったの?」


「そこは『どんなルール?』って言って欲しかった」


「……じゃあ、どんなルールなの?」


「同好会設立ルールです」

 なんのことだろう(たぶん)という顔を徳大寺さんはした。


「ちょっと説明してみて」

 やった! やった! と思った。食いついて——失礼っ、興味を持って反応してくれた。


「今まで同好会の設立には極めてユルいルールしかなかった」僕は語り始める。


「はい」


「そのルールとは所定の用紙に同好会名と代表者の名前を書いて提出するだけというもの」


「それで?」


「『それで』って知らないの? 構成人員一名から同好会を設立できたのだ!」


「ふぇーっ⁉ そんなルールがあったの?」


「なに? この学校に一年と二ヶ月近くも籍を置きながら気づかない? そっちにビックリする」


「なにに書いてあったの? そんなのわたし初めて知った」


「新入生オリエンテーションの時渡された諸々の紙の中に確かにあっただろう」


「そう……だったんだ」


 この高校は普通すぎる学校だ。だけど学校である以上は勉強のできる生徒がいる。この僕のこれまでの監視によると徳大寺さんは勉強ができる方っぽい。

 そういう人はたぶん『勉強に関係ないよね』というプリントはろくに読まないのだ。そして徳大寺さんはこう思ってしまったはず。気づいていればわたしも勝手気ままに何かを立ち上げられたのに! と(たぶん)。


「でもさ今川くんも思っている通り超ユルいルールだよねそれ。いままでのルールがまともじゃないから新しくするんじゃないの?」と徳大寺さんは言った。多少悔しいのだろうか? こんな常識的なことを言い返してくるとは。


「徳大寺さんらしくもない」


「わたしらしいってなに⁉」


「……すみません。話し、続けます。えー、同好会ってのは部活動じゃないから学校から何かしらの予算を支給されているわけじゃない」


「そりゃ当たり前でしょ」


「だったら学校に恩を感じなけりゃならない立場でもない。これまで通り自由にやらせてくれたっていいじゃないか!」


「まあ気分は分かるけど……」

 と、ここで徳大寺さんが突然席を立ち上がる。


「ちょ〜っと用事があるから〜」と言ってそそくさと教室から出て行ってしまった。

 やはりか……女子と会話を長続きさせるのは至難の業か……

 もう机の上に突っ伏すしかない。話しを聞いてもらおうとした人に邪険にされるって傷ついちゃうよな。やっぱり女子はキツいよ。



 それから暫く。

 手をハンカチで拭きながら徳大寺さんが戻ってきた!

 ハンカチ……。そういえば『ふぅすっきりした』というような顔をしている。

 徳大寺さん、突然尿意を催したんだな。女の子だからって幻想を抱いちゃダメだな(当たり前)。お腹も空くし出るモノは出る(これまた当たり前)。厳しい現実だ。とは言えこれを言うわけにはいかない。こんなところにため池を造るわけにはいかないからトイレには行かざるを得ない。


 しかし穿った見方をするのも僕。トイレに行ったのは会話を止める口実だったかもしれない。ストーカーだなんて思われちゃ心外だよ。もう突っ伏したまま寝たふりしてよう。


 徳大寺さんが席に着いた。ちら、と横目で見られたような気がする。警戒感かな。まだ突っ伏したままでいよう。

「あの〜」と声がした。だけどそれっきり。

 ひょっとして女子が男子に声をかけるってけっこう勇気が要るのかな?


「昼休みはまだ半分くらいかな」

 独り言のような小さな声がした。これってさっきの続きってこと?


「聞いてくれるの?」僕はがばっと起き上がり言った。


「やっぱり起きていたんだ」


「う……それを試すために?」


「違うよ。興味半分で同情半分というか」


「良かった。男子が女子に声をかけるのってすごく勇気が要るんだよね」僕は言った。


「わたしにだってできたけどね」と徳大寺さんから戻ってきた。

 これで、計画の半分以上は達成できたんじゃないだろうか?

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