だい〝じゅういち〟わ【「私、山口多聞さん推しだから」(山口まとめ)】
「先輩、こんどはこっちからいいですか?」から切り出す。
「どうぞ」
「『軍令部』って名前から察するにテーマは戦前の日本、旧軍ってことですよね?」
「そりゃそうよ」
「女子なのに兵器マニアですか?」
「なんのマニアなの?」
「兵器ですよ。大和とか長門とか伊勢とか金剛とか赤城、加賀とか大鵬とか島風とか伊四〇〇とか、零戦二一型とか五二型とか月光とか雷電とか震電とか、九七式中戦車とか四式中戦車とかそういうやつのマニアです」
「そうね、唸りを上げる連装高角砲ってかっこ良いよね。でも兵器についてあなたの方がよほどマニアよね?」
「連装高角砲ってなん……だっけ?」と徳大寺さん。ちょくちょくちょっかい的に割り込みを仕掛けてくる徳大寺さんってなんかカワイイ。だけど今は会話できない。
「いえ、僕の興味は人間です。兵器は機械ですけど、そういうものには詳しくないので名前だけです」
「あの〜」とまた徳大寺さんが割り込んできた。
「なに? そこのあなた」
「近頃の歴女って兵器もテリトリーなのかな〜って、なんかちょっと違うような〜」
徳大寺さんは『刀剣』も歴女のカテゴリーの中に突っ込んでいたような気がするが。
「甘いっ」山口先輩の鋭い声が飛ぶ。
「え?」
「いい? 兵器の名前を延々羅列してしまった今川くんという男子は論外として、歴史というのは戦なの! 兵器の発達によって戦術はまるで変わってしまう。それは戦争の勝敗をも左右する。目に見えて分かりやすいのは隊形ね。火器の発達によって密集隊形は廃れてしまい散兵戦術が新時代のスタンダードとなったの」と、山口先輩。
「えっ、ええ」と徳大寺さん。
「兵器と戦術の相関性について一番分かりやすい実例は幕末時の長州征伐ね。兵の数は幕府軍の方が圧倒的に多かった。長州軍の方が兵の数が圧倒的に少なかった。兵の数が少ないということは実際に運用した銃の数も長州軍の方が少ないってこと。当たり前よね、銃を一人でたくさん持って撃てるわけないから。なのに幕府軍の方が敗北を喫してしまった。長州軍は長射程の銃器の特性を生かした散兵戦術という新戦術、機動戦術を採ったから勝ったのよ。密集した敵を力で押していく従来の戦術がもう無効になっていたのよ! 密集は点、散兵は面。言わば『点から面へ』ね。長州征伐の結果はその後の歴史を決めた。いい? 兵器の発達、その兵器に合わせて変わってしまう戦術が歴史を決定するの。兵器は歴史を決するの! 空母機動部隊の時代に戦艦同士の撃ち合いで戦争は決しないようなものよ。兵器のこと戦術のことを頭の隅にも置かない歴史通なんてあり得ないわ! 兵器と歴史は密接不可分なのよ!」
徳大寺さんが一方的に山口先輩に圧倒されてた。そして僕も圧倒された。なんというマシンガントーク!
「まままままぁその辺りで」とキリよくなったところで事態の収拾に乗り出す。山口先輩は僕の方に顔を向ける。
同好会名『軍令部』なのに侮れないなぁ。まさかこんなところで幕末長州の話しに出くわすとは思わなかった。キホン幕末守備範囲外だろうに。
「ステレオタイプというか、一般論では歴女……いや、女子は兵器とか戦術よりも人物中心・人間中心のイメージでして、いやもちろん男の僕も人間中心な者ですけど」僕は僕なりに徳大寺さんをフォローした。
「私だって人間中心だけど」山口先輩も言った。
「石原完爾とかですか?」
「その人陸軍でしょ」
「は?」
「『軍令部』って海軍だから」
「……そう……なんですか?」
〝あっ!〟と思い当たった。それで海軍式の敬礼に矯正されたんだ。
「私が好きなのは山口
「だれ? でしたっけ」徳大寺さんが割って入って訊いていた。懲りないのは良いことだ。実は僕も知らんし。
「帝国海軍軍人」
「その人のどういうところが?」と今度は僕。
「山口さんはね、孝子さんという人と結婚していたんだけど、妻に百通を越えるほどの手紙を残しているの。そのことが本に書いてあったの」
「昔ならスマホもメールも無いからそれくらいいくかもしれませんね」
「ほぉ、今川くん肯定的なんだ」徳大寺さんは言った。山口先輩はなおも続ける。
「でね、手紙の最後はこういうようになってるの。『貴女のもの多聞より』、『私の孝子様へ』って——」
ム、これはどう評価すべきなのだ? 男が『私はあなたに拘束されます』と言っているってことだよな。山口先輩は重いの大好き女子なのか? と僕が思っていたところ話しはまだ終わっていなかった。
「——その上もの凄く頭が良くて有能で山本五十六の真の後継者はこの人しかいないとまで言われていたんだから」
なるほど了解です。納得しました。ものすご〜く優秀な男にここまで言われてみたいってことね。なんか……『ぶるー』になってくるぞ。
「他にも『瞬時も貴女の事を忘れられない多聞より』とか、『私の世界中で一番好きな孝子さんへ』とかのバージョンもあったり」
「……」「……」僕も徳大寺さんも沈黙中。
「あっ他にも『どうしてこんなに貴女の事が心配になるのでしょうか。優しいあなたは、私の眼には、どうしても弱そうに見えてしょうがないのでしょう。憤慨しますか、馬鹿にするなって』というのもあったりね」
暗記なトコまで行っちゃってる…………こういうところに目をつけるとは……山口パイセン、見かけによらず『乙女ちっく』というのか。しかしリアクションはどうすれば?
「なるほど確かにそれだと人間を見ている」と言ってみる。けっこう苦しい。
「そうよ」
「それで、その山口先輩ではない山口さんはどうなったのですか?」
「ミッドウェーでお亡くなりに——」
「そう…………なんですか」
「ただ山口少将の指揮の下敵空母ヨークタウンは道連れにしましたけどね。あ〜ぁ聯合艦隊司令長官が山口多聞さんだったらなぁ……」
「昭和二十年を待たずに戦艦大和がフィリピンあたりで沈没してたとかですか?」
突然山口先輩に睨まれた。
「あなたもレイテ湾における栗田艦隊の行動を支持する派なのね?」
いや、知らないんだけど、栗田さんなんて。山口さんも知らないけど。知っているのは確か『戦艦武蔵』の方はシブヤン海とかいうフィリピンの海で発見されたという、そんなニュースを前に見たような気がするだけで……
「いい? 今川くん。戦争はね、こっちの立てた作戦計画書通りになんて進まないものなの! 敵だって意志があって戦場だからなにが起こるか分からない。当初の計画書に書いた時間が過ぎちゃったから帰りますなんてそんな戦争があると思うの? 索敵に索敵を繰り返し『敵輸送船団による兵員・物資揚陸の形跡無し』とかじゃない限りあの反転には説得力が無いの! みんなに山口多聞さんみたいな果敢なる臨機応変さが足りないのよっ!」
言われてることの半分の半分も分からないんですけど……
「わっ分かりました人物中心ってのが」と言っておくしかない。
「本当に分かったの?」
「それなら僕と通じるものがあるので」
「どう通じるの?」
「負けた者の側にも焦点を当てるという点において」僕は言った。
「別に負けたから好きってわけじゃないんだけど」とやや憮然な山口先輩。
「さっすが今川くん。ステキなずれっぷりだったね」と徳大寺さん。僕の方も山口先輩に怒られたが故の心の余裕か——と、ここまで歩いてきたところで市の図書館が視界に入ってきた。
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