だい〝じゅう〟わ【「僕は武田勝頼ファンでして」(主人公・今川真)】

 さて放課後、僕と徳大寺さんはいっしょに市の図書館に向かって歩いていた。なぜいっしょなんだろう? 周囲に変に勘違いされるような行動を僕たちはしている。だがそんなのにお構いなしな僕もいる。誰かに見られたらそれがなんだって?

 これはなんだ、あまり考えたくないんだけど、僕が『制服』というものを着ていられる時間があと正味一年と九ヶ月しかないことが関係しているんだ、きっと。僕が制服着てて、女子も制服着てて、いっしょに並んで下校というのをやっておきたかったんだと思う。

 ただし、徳大寺さんは〝周囲の目が気になるから〟と言って場所を移すワケだけど————


 さてさてそんな僕の下心(もちろん女子の身体的ななにかを求める類じゃない下心)が天に知れたのかふいに誰かに肩を叩かれた。徳大寺さんの方を見ると徳大寺さんも僕の方を見てきょとんとしている。直後後ろから声がした。


「おふたりさんっ」

 反射的にくるっと振り返る。

「山口先輩いつの間に⁉」

 そう言うのが精一杯だった。っていうかまたもボディータッチ!


「学校から図書館に行くのに同じ道を通るのは当たり前じゃない?」という当たり障りのない答えが返ってくる。なにか微妙に怖いような気がしなくもない。


「図書館に着く前に揃ってしまったってことはもう始めてもいいんですよね?」と訊いてみる。


「そうね」


「ではどうぞ」


「『戦国の敗北者を抱きしめる会』ってなにしてんの?」

 やはりこの名前、おかしいのか?


「主として戦国大名の家を潰してしまった当主の調査と研究そして彼らに寄り添うことを中心に思索活動をしています」そう答えた。


「思索活動ってことは要するに身体を動かすことなく考えたり思ったりするだけってことだよね」徳大寺さんが突っ込んできた。しかし山口先輩は徳大寺さんの相手をせず僕に訊いてくる。


「おもに誰に興味があるの?」山口先輩は問う。


「滅んだ人の数は多いですから」


「そこを敢えて一択すると誰?」


 山口先輩の問いに対する答えはそう迷うものでもない。

「〝敢えて〟と言われるなら『武田勝頼』一択で」


「へぇ『今川氏真』って人じゃないんだ」また徳大寺さんが突っ込んでくれた。しかし山口先輩はまたも相手にはしなかった。


「勝頼ね。わりと有名人よね」とのみ言った。


「先輩、有名人の名前を挙げたからって軽く見るのはやめてほしい」


「じゃどうして武田勝頼なのか説明してよ」


「真面目なトコ」


「不真面目な人っているの?」


「わりと。でも武田勝頼は真面目に戦国大名をしていたから」


「でも勝頼って結果が着いてこなかったでしょ」


「成果主義ですか。なんか、嫌だな」


「じゃあ推してみて」


「おす?」


「アピール。言っておくけど『マジメ』ってだけじゃあ言ってることイマイチ以下だからね」


 山口先輩攻めてくるなあ。

「では語っちゃいますけど」と前置きする。すっ、と息を吸う。


 始める!


「戦国大名家を潰してしまった当主には僕の見たところ二つのパターンがある。ひとつは当主が真性のバカのパターン。家臣を正当性に乏しい理由で斬ってしまうとか、あるいはあくどい家臣に騙されるとか。ふたつめは当主が軍事を顧みなくなるパターン。たいてい軍事が苦手でたいてい別の何かに没頭してしまう。別に女に入れ込むというわけでもなく軍事を除けばわりと有能だったりなんらかの貢献をしている場合も珍しくない。たとえば内政には問題がない。地方に京の文化を定着させたとか。とは言っても時代は戦国時代だから当主が軍事を顧みなくても代わりに誰かがその役割を果たすことになる。それが誰かと言えば家臣だからじきに家臣に家を乗っ取られたり裏切られたりする。結局当主が軍事に積極的に関わる大名家を前にしては潰される末路を辿ることになる」


 と、ここで一拍、間を置いた。なんか、早口で喋ってしまったような気がしなくもない。も少しスローを心がけて、と。


「しかし武田勝頼はこのほとんど全ての滅亡戦国大名に当てはまるパターンに該当しない。当主は軍事的役割を果たす気は満々で行動も起こし戦果もそれなりに上げている。なのに結局滅んでしまった」


「それは戦った相手の方が強かったからじゃないの?」山口先輩がカウンターしてきた。


「そういう当たり前のことを言われても。勝った方は強くて負けた方は弱い。強いから勝った弱いから負けた。こんなの小学生の言うことですよ。分析でもなんでもない」


「ちょっ! 今川くん先輩に向かってなんてことを‼」みたび徳大寺さんが突っ込んだ。


「徳大寺さん、ありがと」と山口先輩はようやく徳大寺さんの相手をした。そして僕にはこう言った。


「数の多い相手に戦ったからじゃないの?」と。


「なるほどそれはそれでもっともだ。しかし数の多寡を言うなら田楽狭間や安芸厳島の戦いなどは勝利側の兵力の方が少なかった。武田勝頼の場合忘れてはならないのはということです。この年間には僅かの時間の経過で彼我の動員兵力数に圧倒的な差ができてしまうという現実があるんですよ。十年単位の時間じゃない。一年単位の時間でです。天下を狙うほどの勢力が出現する時代ともなるとその勢力に次々降る中小勢力が出てくるため加速度的に当該勢力の動員可能兵力が増加していくんです。夢物語だと思われた天下統一がいよいよ現実に近づいていっているのが誰の目にも解る戦国末期の特徴です。時間は自分に味方しないことを理解している武田勝頼は動くしかない」


 ああっ、また早口に! ヲタクを名乗るほど知識は詳しいとは思わないがハッキリ言ってのは嫌だ。


「具体的に」と山口先輩。


「例えば秀吉です。小田原征伐に動員した秀吉側の兵力は確か約二十二万人だったと思います。しかし山崎の戦いの時はこんな数の兵力は動かせていない。北条だって山崎の戦い程度の兵力しか秀吉が動かせないのなら負けることはなかった。賤ヶ岳程度でも負けることはなかったと思う。小牧・長久手だと五分と五分くらいかな。九州征伐時だともうかなり難しいかな、あの島津でさえ一度押し返したものの結局負けたし。つまり時間とともに動員できる兵力に差が出てくるとはこういうことです」


 夢中で喋ってるうちにまたまた早口にっ! なぜ無意識的にこうなる⁉


「今川くん……分かる人には分かるだろうけどその固有名詞知らないとなんのことだか分からないよ」と徳大寺さん。


「いや、それはこうなんだ。生きた時代が悪くて結果がついてこなかった人を無能扱いするのはあまりに気の毒じゃないか!」


 山口先輩は、

「わかった」だった。


 分かってくれたの? 山口先輩は。それとも歴女的にはこの程度常識?

 っていうか早口、言われなくて良かったぁ……


 既に会話が途切れているのは間違いない。



 で、〝流れ〟としては今度はこっちが先輩に訊く番でいいよね——? 『軍令部』活動の中身について。訊いていいんだよね?

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