だい〝きゅう〟わ【『軍令部』の山口まとめさん】

 軍師ヨシタカ——

  なんだろうこのそこはかとないB級感は。


 軍師ドン・シメオン——

  なんのキャラだよこれ。


 軍師如水——

  いちばん有能そうに聞こえるけど誰だかさっぱり分からねえ——


 って僕はなにをトリップしている! 黒田官兵衛はこの際関係無い!


 月曜日。昼休み。行動開始の時。


 緊張感を紛らすためについつい下らないことを考えてしまった。


 同じ学校に上級生の女子がいる。これは自分が三年じゃなければ当たり前だよね。で、ここからが『当たり前』じゃなくなると思うなぁ。上級生の女子と口をきいたことがある男子はどれだけいるのだろう? 少なくとも僕は小学生から高校生の今の今まで一度も無いよ。


 さて、それを今から僕に〝やれ〟という。まぁやるしかないんだけど——


 そういうわけで僕と徳大寺さんは職員室のクラス担任の机のそばにいた。先生にお願いして〝『軍令部』の山口さん〟を呼び出してもらったところだ。

 確かに口に出して言ってみると変すぎる。他人のことは言えないが。


 さすがに校内放送は『軍令部の山口さん、軍令部の山口さん、至急職員室まで来てください』じゃなかった。そこは『三年二組の山口まとめさん』になっていた。いったいどんな人がやって来るというのか?


 その時だ。職員室入り口のドアがガラリと開くのと同時に「失礼します」と声がした。女子の声だ。

 なが〜い黒髪をたなびかせながらつかつかと早足で入ってくる。五歩かそれくらいで立ち止まりそして『この自分を呼んだのはどこの人間か』とばかりにぐるりと職員室内を見回してる。すかさず三年二組の担任とおぼしき先生が声をかけ僕達の方に行くように手で指示出ししていた。こっちの方に歩いてくる。


 間違いない。あの人だ。あの人が先輩の〝山口まとめ〟さんだ。


 少しずつ近づいてくる。背丈は意外。徳大寺さんもそんなに背が高い方じゃないけどその徳大寺さんより少し低いかも。小柄なお姉さまといった風。で、なが〜い黒髪と聞けばお嬢さま風のような気がするけどもぜんぜんそんな雰囲気がない。髪の先がテキトーにざんばらになっちゃっていて切り揃えてなくて末端はくるっと微妙に外に反ったR。前髪は目のすぐ上まで伸ばしてるし。その上態度が堂々というのかふてぶてしいというのか。見た目はそれほどではないかもしれないけど、正直漂う雰囲気が『不良』なんですけど。もうその足は止まり距離およそ2メートル。


 僕達のクラス担任の先生が山口まとめ先輩に声を掛けた。

「同好会の件聞いてるよな?」と。

 なるほど考えてみればそうだ。僕達が手にしているリストは同じものを相手も手にしているはずだ。


 と、なれば僕の立ち上げた同好会『戦国の敗北者を抱きしめる会』も相手側に筒抜けになっている。どうなっちゃうんだろう? 『軍令部』と『戦国の敗北者を抱きしめる会』がいっしょになれるのか?

 『戦国軍令部の敗北者を抱きしめる会』? これで合併しろとは学校側もやることが大ざっぱだ。


 ここで僕は徳大寺さんよりも前へ一歩出る。そして口を開く!

「山口先輩っ、歴史系同好会統合合併の件よろしくお願いします!」


 『ないすっ‼ 今川くんっ。金曜日の打ち合わせ通りだよっ! 上級生は「センパイ」ってことばに弱いっ!』って徳大寺さんは会心の表情で思ってくれたに違いない(現に言ってた)。


「ふうん、なかなかいい心がけじゃない。今川くん——だったっけ」と山口さんという先輩は言った。上背は無いのにけっこうな迫力がある。だがこのパイセンは妙なことを言ってきた。


「で、そっちの彼女は? 二年よね? 新見さん? 上伊集院さん? 後誰だっけ。そう、安達さん? 比企さん?」


 たしかこれはリストにあった人全員の名前だ。とすると山口先輩は合併に関心があるってことなのだろうか。ともかく徳大寺さんはこの名前の中にいない人。


「違います。徳大寺です。ここにいる今川くんと同じクラスの」と徳大寺さんは自己紹介した。


「へぇ仲良いんだね」と山口先輩から返ってきた。


 ななななな、なんてことをっ! という顔を徳大寺さんがしたような気がしたが、

「仲は悪くないんですよ」と言っておいた。仲が悪ければこんなことにつき合ってくれないだろうと思い込んだ。


「今川くん! しれっとなに言ってるの⁉ 違うでしょっ言うことはそこじゃないでしょっ! 合併話、とっとと持ちかけないと!」徳大寺さんより緊急メッセージ。おお、そうだった。


「それで、山口先輩の返事はどうなんでしょうか?」僕は結論を求めた。


「あのさ、私たち合併なんかして話しは合うの?」山口先輩が反問してきた。


 これってまさか合併の意志が無い? そう言えば先週木曜に事の次第を知らされて、やる気があるならとっくに動いてるはずとも言える。


「話しなんて合わなくても書類の上の話しだと思っていました」僕は思ったまま口にした。


「ちょっっ今川くんっ、いきなりペーパー宣言⁉ それ誠意のカケラも無いし!」徳大寺さんが口出ししてきた。


 僕が徳大寺さんの顔を改めて見ると必死でなにかを訴えている様子。思い出した!

 当初の作戦では今後のことをやりやすくするんだった。


「ちょっと場所変えようか、ここ職員室だし」山口先輩はそう言うと職員室の出入り口の方へつかつかと歩き出した。


 やっぱり案の定っ、良く思われてないようだな。ついていかないわけにはいかないふんいきがある。徳大寺さんにアドバイスを求めようと顔をそちらに向けると、『どーすんのよ今川くん(たぶん)』とでも言いたいような顔をしていた。とは言え素直についていっちゃうしかないんだろう。



 職員室の外に出ると当然そこは職員室前の廊下。山口先輩はくるりと振り向くと、

「ここで話そうか」と言う。先生に聞かれたくないだけらしい……と思うんだけどここ人通りが割と多い。


「いいですよ」と僕はあっさりと言った。

 ……徳大寺さんの方をチラと見れば話しは任せるのポーズ。やはり当事者たる僕がやるしかない。と思ったところで山口先輩に切り出された。


「じゃ、さっそくだけど私さ、さっきの話し気にくわないんだけど」


「さっき、と言うとなんでしょう?」僕は言った。


「そっちの彼女がさっき言ってたよね? 書類の上だけで会をまとめようとすること。要するにペーパー同好会ってやつ」


「そのつもりだったんですけどダメでしょうか?」

 徳大寺さんがふるふるふるふると顔を振っている。なにかマズってるだろうか?


「私は好きじゃない」山口先輩は言ってきた。


「え?」と徳大寺さん。


「どうしたの?」と山口先輩が徳大寺さんに尋ねる。


「いやその、これってすっごくラッキーなんじゃぁ……と思ってしまったというか」と徳大寺さんは答えた。果たしてそうであろうか?


「しかし三年は先輩だけですよ。他は下級生ばかりの集団に参加して楽しいんですか?」

 そう言ってまた徳大寺さんの方を見ると目をギュッとつぶりなにやら口パク。『あほーっ‼』と言われたような気がしたが気のせいか?


「なる……ほどね。じゃあそういうキミはどうなの?」山口先輩は質問に質問で返してきた。


「男子は僕だけだから、他は女子ばかりの集団に参加して楽しいわけがない」


「へぇそういうの男の子の夢じゃないの? 周り中女子だらけなんて」


「ラノベかアニメの中なら楽しいでしょうけど、実際はたぶん女の子同士が楽しそうにお喋りしている中、男子が一人その輪の中に入れずぽつねんとしているだけでしょう」


「おもしろいねキミ。いいわ。合併しよ」


 徳大寺さんは後ろに下がっていなかった。ずいと僕と山口先輩のすぐ側まで来ていた。このやり取りににぐいーっと引き込まれてしまったんだろうか? やはりこの先輩が少し変だから気になってくるのだろうか。

「ただし——」と山口先輩は『釘刺し』を予感させるようなことを言う。


「ペーパーの上だけは私キライだから。合併するなら本当に会を活動させるから。キミに女子の仲間に本格的に入る覚悟があるならって話しになるけど」


 僕はまたまた徳大寺さんの顔を見た。

 『これは男の子としては超展開! 間違いないよっ。超ラッキーだよ‼(たぶん)』という答えを速攻で脳内ではじき出してしまったような顔をしていた。いや、止めよう。そう脳内ではじき出したのは僕だ。夢を見てしまった。男子としては素晴らし〜い夢だ! だけど今ひとつ浮いた気になれない。女子というのは実は甘くない。


「返事」山口先輩は容赦なく畳み掛けてくる。


「分かりました」


「そう良かった」山口先輩はそう言って付け加えるように続けた。


「——今川くんさ、三年は私一人だけだから『ぼっち』にならないようにフォローお願いね」


 このセリフ……なんでだろう。この僕の感覚は。この時初めてこの上級生のことをカワイイと思ってしまった。そして今さらながらに気づいた。意識して一人でいる人は『ぼっち』じゃないのかもしれない。その集団の中でいつの間にか一人浮いてるのを『ぼっち』って言うんだ、きっと。

 この年上の女の子のお願いにどう応えよう?


「互いに『ぼっち』にならないよう、バーター取り引きですね」と言っていた。〝すいません口べたで〟と内心で取り繕う。

 ……徳大寺さんの方にチラと視線を送ればなんと言って良いのやら、という顔をしていた。しかし山口先輩は気にする風もなく、言った。


「この後の話しなんだけど、もっといろいろ突っ込んだ話しもしたいから学校が終わったら図書館にでも行こうか? そこの金曜の彼女もいっしょに」


 ななななな、なんでこの人は金曜日のことを知ってるのだ⁉ 僕の驚きもなんのその、山口先輩はその長い髪を揺らしなぜか突然に敬礼。


 はい? と思いつつ反射的にこっちも敬礼していた。


「ちがーう!」と山口先輩。


 なにが? と問い返す間も無く、

「それ陸軍だから。海軍はこう。脇を締めて! 軍艦の中は狭いんだから!」

 と言われ有無を言う間も無く敬礼を矯正される。


 ボディタッチされてしまった……


「覚えておいてよね」と言われくるりと反転、行ってしまった。それを呆然と見送る僕と徳大寺さん。


「いつまで敬礼してるつもり?」と横から徳大寺さんに訊かれる。


 おおっと! 慌てて敬礼を解く。


「ここは軍艦の中じゃないよね〜」と口から出た。


「ひょっとして嬉しがってない?」

「‼っ」


 徳大寺さんには変な感心の仕方をするしかない。だけど徳大寺さんはこうも続けた。

「でも、変わったふたりのやり取りに益々興味津々っ」

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