だい〝じゅうに〟わ【足利将軍だってくじ引きだから】
いま図書館ロビーに僕達はいる。金曜日ここで山口先輩が僕達のことを見ていた疑惑は疑惑として横に置き続けるとして——話しの続きをしやう。問題の本質はそこには無いのだ。
「では合併には同意ということでいいんですよね?」とおそるおそる確認する。
「いいわよ」と山口先輩。
なにやら歴史トークで怒らせたような気がしなくもなかったが杞憂だったようだ。これにて交渉成立——ってことらしい。
「じゃあ次は誰から声を掛けるか? ですよね」
「今川くんの意見は?」
「ひとりでやっているとこにします。これはふたつありますから、このどちらか一方です」
「ふたりでやっているところは後回しってわけね」
「山口先輩の意見はどうですか?」
「うん。じゃそれで」
「で、ふたつのうちどちらを先にするんです?」先輩を立てるため再び意見を求める。
「くじ引き」
「くじ引き……ですか?」
「なにか問題でも?」
「そうですね無いですね」
「あのぅ〜」徳大寺さんがおそるおそる手を挙げてきた。
「どうぞ」と僕。
「違うっあなたじゃないっ。山口先輩の許可を求めてるのっ!」と徳大寺さんに言われてしまった。徳大寺さんがそれでも遠慮しているのか、黙っていると山口先輩がニコっと笑って、
「どうぞ」と言った。それに応じてやっと話し出す徳大寺さん。
「規定の人数以下で同好会をやっている人たち全てに合併勧告がなされているんですよね?」徳大寺さんが訊いた。
「後から勝手に造られた規定だけどね」と山口先輩は言う。
徳大寺さんは敢えてその持っているであろう不満を聞かないことにするらしく、話しを続ける。
「だから必ずしも今はひとりでやっていないなんてこともあるかな〜なんて、つまり山口先輩や今川くんのように勧告に従おうって動きも他の人の間で出てきてるとも思うんですけど、中には人数にこだわらないとか〜って思ってる人も中にいるのかも」
「従うなんて嫌なこと言うよね」
「ごっごめんなさいそういうつもりじゃ……」
「いいわ別に。あなたに怒っても仕方ないものね」
「ハ……ぃ」
「今川くん、あなたはどうなの? 学校が後から決めた規則に従うつもりがあるから日本史系の同好会の合併をしようとしてるの?」
突如こっちに山口先輩の指名が来る。
「従わなければ消されるだけだ」そう言った。
「……」
「そんなことは分かり切っているから合併に同意してくれたのだと思っていましたが」そう付け加えた。
「……確かにね。規則に従うか存在そのものを抹殺されるかの二択だものね」
「ともかく、他の連中が動いているにせよ何らかの連合を既に組んでいるにせよ残りは『四人、三グループ』だと思っていればいいんです。構成人員五名をそろえるのにはどのみち全ての同好会が合併しなくちゃならない。そういう数合わせです。向こうだってこっちの人数が必要なはずです。向こうがくっついてくれていたらこちらが楽になるという程度の考えでいいんじゃないでしょうか」
「ハイ」とまたもおそるおそる徳大寺さんが手を挙げた。
「どうしたの?」と僕は訊く。
「今川くんはアバウトすぎるというか。わたしは向こうがこっちと同じ考えを持たない可能性について言ったつもりなのに、つまり残るふたつの同好会の主催者がひょんなことから意気投合してしまったらもうそれだけで楽しいと思ってしまったら、学校の正式承認にこだわらなかったら、わざわざ五名以上人を集めたがらなくなるんじゃないかっていう可能性について言ったのだけど」と長々徳大寺さんは喋った。
「じゃ、さっき言ったとおりくじ引きで」僕はあっさりと言った。徳大寺さんはあんぐりと口を開けた様子。本当に開けてるわけじゃないけど。まあその辺りは会って訊いてみないと。ここじゃあ分からない。
山口先輩もアバウトだった。パイセンはスクバの中から適当なプリントを取りだし隅を破る。文字を書き込んだ後にその紙をくるりとよじり、くじを作った。
「『かみいじゅういん』さんに『にいみ』さん、と」山口先輩が書いた名前を読み上げた。
「新見さんの『新選組』ってのはなにに興味があるか分かりやすいけど、もう一方の『南洲ノ会』ってのはなんだろう?」僕が訊いた。
「さぁ?」と山口先輩がくじを右手に握りながら応えて言った。分からないのか? じゃ、一応徳大寺さんに振っておこう、と思ったとき、
「あなたはどう?」山口先輩が徳大寺さんに振ってくれた。
「いえ、なんだかよく分かりません」、そう言うしかなかったようだ。
「ま、おいおい分かるでしょ」と言いながらなぜか山口先輩は徳大寺さんの前にくじを握った右手を突き出していた。
「え、わたしですか?」
「そう。引いて」
徳大寺さんは僕の方を見ている。
「足利将軍もくじで選んだっていう記録があるから」と言ってあげた。
徳大寺さんは『わけの分からないことを言い出し始めたな』と言わんばかりの顔つきで、
「足利将軍じゃなくって、なんでわたしが引くの?」と口にした。
「仲間に入りたそうな顔してるから」などと山口先輩が言った。とんでもないことを言う。
でもそのことばが背中を押したものだろうか。一旦は『なんでわたしが決めるの?』といった様子で要請を固辞した徳大寺さんだったが、今はおそるおそるとそのくじに手が伸びていっている。もしか山口先輩の言ったこと当たってんの? そう言えば僕と山口先輩の会話にちょくちょく割り込んでいたし。
しかし徳大寺さんは緊張の様子。断り切れなかっただけかも。まあどちらか片方を選んで片方を選ばないわけじゃない。順番が違うだけで結局リスト員全員参加だ。順番後回しでもハブられないんだからその点どっちを引こうが問題ない。
徳大寺さんはくるっとよじられている紙の一方を引いた。決まった。こうして月曜日が終わっていく。
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