だい〝じゅうさん〟わ【主人公今川真、女子から呼び出され浮つく】
火曜日、昼休み。
僕たちは昨日のくじ引きで出た通りの人からアプローチを始めた。つまり山口先輩の時と同じように校内放送でリスト内、件の人物を職員室に呼び出してもらおうとした。
だがここで意外な展開になった。校内放送が勝手に始まり、なんと、僕の名が呼ばれていた。女子の方から呼んでもらったぞ。この気分ときたらどうだ!
僕を呼び出したのは昨日くじに書いた名前、上伊集院さんでも新見さんでもない人だった。それは安達さんという女子だった。唯一ぼっちじゃない同好会を立ち上げている人。構成人数二人だけだけど。声を掛けるの一番後回しにしようとしていたトコだけど。
リストによれば同好会名は『鎌倉!』。
『鎌倉』+『感嘆符』。これは間違いない。『ミタニコーキ』が趣味なんだろう。見事なくらいに戦国時代をスルーしてくれているが『ミタニコーキ』が趣味なら話しがひょっとしたら合うのかも! なにしろあの人の脚本は凄い。なにせ登場する人物全員のキャラが立っているんだから!
「今川くん、どうする?」徳大寺さんが訊いてきた。
「行くしかないだろう」僕はあっさりと決めて言った。
ただここで問題がある。名前を呼ばれたのは僕だけで、元よりリストに名前のない徳大寺さんなんてお呼びじゃないだろうし、山口先輩の名前も呼ばれていない。誰が安達さんのところへ行くのか? ひとりか、ふたりか、さんにん揃ってか?
「ひとりで行くしかないだろう」また僕はあっさりと言った。そして——
「いいですよね?」と念を押すように言った。言ってる相手は山口先輩。
「いいわよ」とあっさり山口先輩。けど、「ただし——」と付け加え始める。
「私たちも職員室で成り行きを見てるから」と言った。
たち? ってことは徳大寺さんも入ってる? でも興味津々な様子がありありと分かる徳大寺さん。分かり易い人だ。
僕と安達さんの会談の席は僕らのクラス担任の先生の机近く。徳大寺さんは山口先輩に引き摺られて山口先輩の担任の先生の机近くに行ってしまった。山口先輩がどこからか持ってきた折りたたみ式のパイプ椅子を二脚並べふたり並んで座っている。
「いかにも進路相談に来たって感じでしょ」と山口先輩が言い、「でもふたりで座りますか?」などと応じている(たぶん)、といった感じであのふたりが会話をしている様子。なんか変だ。
=====【山口まとめ×徳大寺聖子@今川真を観察中(その1)】=====
「——それにここからじゃ遠くてどんなことを喋っているのか分からないですよ」と徳大寺聖子は言った。
「安達ってコがどんな顔をしているかぐらいは分かるでしょ」と山口まとめが応じる。
「顔なんか見てどうするんです? 男子じゃないんですよ」
「いい? 徳大寺さん。その男子に関係することなの」
「と言いますと?」
「普通女子と男子が話しをしたりする場合、男子の方が先に声をかけるものよね?」
「え? え〜と、やっぱそうなのかな〜」
(そう言えば今川くんもそうだったなぁ)などと思う徳大寺聖子。
「女子の方から男子に声を掛けるヤツがどんな顔しているのか見てやろうと思って」
(……)リアクションに困る徳大寺聖子。その様子を見かねたのか山口まとめがあまりにも直線的に斬り込んだ。
「興味ある? ない?」
「ある」
(思わず言ってしまったわたし)と軽く自己嫌悪を感じる徳大寺聖子。それを受け山口まとめからは、
「正直なコって私好きだから」と返ってきた。
「しっ!」「徳大寺さん『しっ』ってなに?」「いえその、来たみたいです例のコが」
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来たな。
ふたりだ。当たり前か、ふたりでやっているって事前のリストで確認済みだ。先頭、一歩前に立っている黒髪ロングの真っ直ぐさらさらストレートの女子。そしてその女子の後に二歩ほど下がって立っているのがおかっぱ頭? ヘルメット頭? の背の小さい女子。どちらかというと後ろの女子の方が好みだな——ってこんなこと考えるんじゃないっ!
いま僕は担任の先生を挟んで『鎌倉!』の彼女たちと相対している。
=====【山口まとめ×徳大寺聖子@今川真を観察中(その2)】=====
(ロングのコがなにかを話している。口が動いている。後ろの背の小さいコは固まったように動かずやり取りを見守っているだけ)その様子を注意深く観察する徳大寺聖子。
「後ろのコは好みね」山口まとめがつぶやくように言う。
「ヴェ?」と思わず声が出た徳大寺聖子。
ふたりで今川真の態度を観察し続ける。
徳大寺聖子が口を開く。
「それにしても気になるのは今川くんの態度ですよね。さっきから見てるとなにを言われているのか知らないけれどロングのコばかりが喋っているし」
「そうね。なに一方的に聞いてるのっ、て喝を入れたくなるよね」と山口まとめが応じる。
「あっ、今川くんが喋りだすみたい。頑張れっ!」
「あれ? もうお終い?」
「みたいですね」
「ここからじゃだいたいの容姿以外は分からないじゃない」
「まだ容姿ですかセンパイ?」
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件のふたりが職員室から出て行った。動かずしばらく待つ。もう一人の女子がひょっとして戻ってきてくれるかなどと思ったが、まあ来るわけない。手持ちぶさたになってしまった。なにげにくるりと職員室の中を眺めていると、あっ、徳大寺さんと目が合った。
徳大寺さんの方へ歩く。
「こんなとこで見ててなにか分かったの?」と言ってあげた。もちろん少々の嫌味も含まれる。
「見てたんじゃなくて偵察」山口先輩の方が答えてくれた。脱力する。索敵ですか。
「で、どういう風に偵察しましたか?」と言った。
「芳しくないようね」短く山口先輩が言った。
「当たりです」
「あのコたちどういう風に言ったわけ?」
「『たち』じゃないです。喋っていたのは一人だけなので。で、なんてったかと言えば、『あなたといっしょになにかをやるつもりはありません』。まァ結論はこれです」
「元気を出して!」と唐突に徳大寺さん。
「はあ?」
「女の子に断られちゃうってやっぱり嫌な気分なんだろうな………って思って。好きとかそういうのじゃなくても……」
「……」
「今川くん、しおれているよね」山口先輩までが傷口に塩を塗るようなことを言う。いくら僕でも少しむっとするぞ。
「別にしおれてなんていませんよ。こういう事は起こるだろうと思ってましたから」そう言った。
「思ってても実際に体験してみると違うでしょ?」と山口先輩。
「そりゃ……まぁ……」
「なんかちょっとひどいよ。あのコは」徳大寺さんがフォロー(?)してくれた。さらにフォロー(?)が続く。
「あの、今川くんさ、なにかちょっとだけあのコに言ってたよね? なにを言ったの?」これは助け船、なんだろうか? 言おうか、それとも言うまいか。
「あぁあれ? あれは『ペーパーでもダメかな』って話しをしていたんだけど」
「——またしてもペーパーか……」、それが徳大寺さんから戻ってきた返事。
「そしたらなんて言ったの?」今度は山口先輩が睨みつけるような目で横から割って入ってくる。そう言えば『ペーパー同好会はやりたくない』って言ってたな。
「『名義貸し』はできないと言われました」僕は言った。
「確かにそう言ったの?」と山口先輩。
「どういうことでしょうか?」と徳大寺さんは訊いた。
「なにかしらの同好会を立ち上げる気は満々っていう感じね」山口先輩は言う。
「ふたつの団体に登録できないから、という意味で『名義貸しはできない』って言ったってことですよね」と僕は分析した。
「だけど、今川くん、それって今川くんを排除した上で同好会を立ち上げるという意味だよね……」徳大寺さんがあっさりと核心を突いてくれた。どうやら徳大寺さんって『わたしは気づいたけど口に出すのははばかられる』という感性が無いような……
「今川くん」山口先輩が叱るような声調子で僕に言った。
「はい?」
「私と徳大寺さんがいっしょに行動しているのを忘れないように」
「はいっ」
「さすがセンパイっ!」と徳大寺さん。しかし余計なことばを付け加えてくれた。「それに上級生の女の子に叱られて素直に『はいっ』て言っちゃう今川くんがなんかカワイイ」
「……しかし……」と僕。
「まだなにか?」と山口先輩。
「リストに載っていた人数は僕を含めて全部で六人ですよね? そのうち二人に参加を断られたら残りの人を全員集めても四人にしかなりません。規定の五人より少なくなってしまう」
「だから無駄だと言いたいわけ?」
「いやその、先生に交渉して規定の人数を緩和してもらうとか……」
「なに言ってんの? ここにあと一人いるじゃないの!」山口先輩が指で指したその先には徳大寺さん。ってえーっ! 徳大寺さんも人数のうちだったんだ? しかし、なんとなく嬉しい。センパイ、ナイスアシストだ!
「徳大寺さん」山口先輩が言う。
「はい」徳大寺さんのお返事。
「あなた、私達にずっと付き合ってこれたのはなぜ?」
「え? それはやっぱり相談されちゃったから。な〜んて、ねっ」
「違うでしょ。なんにもやってなくて放課後暇だから私たちに付き合うことができたんでしょ?」
がーん! 見破られてる! って顔を徳大寺さんはしていた。
う〜んそこまではっきりゆうか? 少なからずショックだろうな徳大寺さんは……山口先輩、僕には見かけ通りの人だ……
「しかしあとの二つの同好会というか二人に断られる可能性もありますけど」僕は言った。
「今度は私がやる! 直チニ発艦ノ要有ト認ム‼」山口先輩が吠える。
はっかん?
「徳大寺さんっ」
「ハイっ」
「確かくじで新見さんってコの名前を引いたんだよね?」
「そうですけど」
「じゃ私が新見さんに話しをつけるから」
「いつつけるんです?」
「急ぐのよ。だから放課後、放課後呼び出す」
ちょっ! 山口先輩怖いっ。上級生からの呼び出しかっ? 職員室の中での物騒発言。ところかまわずお構いなし。
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