だい〝にじゅうろく〟わ【破壊を目論む月曜日】
週明け、月曜日、意外な展開が起こった。
場所は僕たちの出入り自由な職員室横の応接室。時は昼休み。別に何かするってわけでもないけど会が正式にできあがるまでお咎めなしのようでなんとなく僕たち五人は集まっていた。
そこにバンとドアが開いた。やって来たのは安達さんと比企さん。誰か約束をしたか? 周りを見回す。誰にもその素振りは見えない。いや、誰もしていないはずだ。ここに来れば誰かいるだろうというノリで来たに違いない。
そして失礼ながらこう思ってしまった。やっぱり来たんだ、と。『保留』って言ったのはダテじゃなかった。相変わらず安達さんはお辞儀もしない。その代わりをしているつもりなのか比企さんってコがぺこぺこお辞儀をしていた。
そして、これわりと重要! 日曜日のこともあり僕には女子に対して寛容な精神をいささかながら持つに至っていた。早い話しが『心の余裕』だ。だから心の中が『安達』ではなく『安達さん』になっている。
既に対策は立ててある(会長は徳大寺さんに内定済み)。慌てたり困ったりする理由がない。
安達さんが口を開く。だけど吐いたことばは『入れてくれ』でもなければ『断るから』でもなかった。
「私はこういうのおかしいと思うんだけど、みんなどう?」そう言ったのだった。
「こういうのってどういうの?」まとめ先輩が訊いた。
「先輩だっておかしいと思うでしょう? ある日突然学校がルールを変えてしまって、ルールが変わったからお前たちはルール違反だなんて、それこそがルール違反じゃないの?」
読めた!
なおも安達さんの話しは続いている。
「だけどほら、ここに七人も人が集まっている。七人で協力して学校にものを言って、ルール変更を無しにさせるの。どう? みんな」
やっぱりだ。そういうことをして僕たち五人をばらばらにしようって魂胆じゃないのか? この女子は。そんな見え透いた手に引っ掛かるものか!
「ではルール変更が無しにならなかったらどうするんでしょう?」と口を開いたのは僕。
「おおっ!」と徳大寺さんから驚いたような声。
「やる前から失敗することを考えるなんてね」と安達さん。こいつめ、僕とやり合うつもりか。
「あらかじめ失敗を予測して失敗後も困らないようにしておくのが肝要」と返事する。
「さっすがムッシュ・ネガティブ!」という突っ込みが入った。また徳大寺さんだ。徳大寺さんの顔を見ると悪気が無さそうで、どうやら本人、本気で僕を応援しているつもりらしい。
「じゃあ失敗した後どうするつもり? 言ってみたら?」安達さんが挑発するように訊いてくる。この態度、安達さんと初めて会った日がフラッシュバックする。無意識に徳大寺さんの方を見ていた。徳大寺さんは両腕をわきにくっつけ肘を折り曲げ両手をぎゅっと握って僕の方を見ている。
負けるな今川! フレーフレーい・ま・が・わっ! って心の中で言ってる(たぶん)。
「ペーパー会員を認める寛容性の高い同好会にする」僕は宣言した。も一度徳大寺さんの方をチラとだけ見る。
……今川くん、ここでも『ペーパー』なんだ……とでも言いたげな顔を徳大寺さんがしていた。
「どうしてまた『ペーパー会員』なんてのが出てくるわけ? あなたがペーパー会員になりたいってわけ?」安達さんの攻勢が止まらない。
ひどいっひどすぎる! カンが悪いのかわざと言っているのか。ガンバレガンバレい・ま・が・わっ! って徳大寺さんが思ってくれてたらなあ、と思ったがなにを思っているのかよく分からない。
いやもう都合の良い妄想はやめよう。
「いやむしろあまり参加したくないのは安達さんみたいなので」とそう言ってやった。ナイス切り返しだ! これぞ『今川わ〜るど』だ! と変な自画自賛。
「これ以上あなたと話していても意味がないみたいね」と安達さん。
「安達さんにはなくてもこちらにはあるということで」と僕。
「どういうふうにあるの? まさかわたしといっしょに部活動をしたいの?」
なな、なんて傲岸な! 自惚れるな安達っ!(元に戻った)
しかしどう返事する? なんでこんな奴といっしょになにかやらなきゃならないんだ。そのセリフを言うのは屈辱以外のなにものでもない。しかし暴言を吐いたら吐いたでますますつけ込まれるような気がするし。だめだ、女子と口論して勝てるスキルが無い。
「今川くんっ、ここはハッキリ言わないとっ」と徳大寺さん。応援だ。
今川くんは困ったような様子、こんな態度じゃ益々増長するだけ、って思ってくれたに違いないよ。
「『はっきり』って、言っちゃっていいのかな?」と僕は言った。
「そうよ!」と徳大寺さんが応えてくれる。
僕は少しだけ考えて、
「えーと……したいのかな」と言った。
え? という空気。完全に場が固まってしまった。
結局屈辱的なセリフを言ってしまった。この僕も曲がりなりにも歴史系。挑発に乗るとろくな結果にならないことくらい分かる。まして女子相手の口論の泥沼に嵌れば絶対に負ける。負けないためには負けたように見せかけるしかない! あくまで『見せかける』だけだぜ。
「カズホっ行くよっ」安達って女子は僕を睨みつけながらそう言うと長い髪を翻しながら応接室を出て行ってしまった。大慌てで比企さんってコが僕たちにぺこりと頭を下げ追いかけるように出て行った。
「今川くん、勝ったわね」とまとめ先輩。
はい?
まったく、なんだったんだろう、このやり取りは。
「今川くん、ありがとう。優しいんだね」とういのちゃんが妙なことを言う。どういうこと?
なんと、にーにーちゃんまで分かったような顔でうなづいている。
「別に優しくはないけど、この場合正直者になっちゃダメのような気がして……」と僕は言った。
まとめ先輩はただただうなづいている。分からない。分からないよ。僕には。と思ったところで僕以外に『分からない人』がいた。
「あの〜、どの辺が『優しい』んでしたっけ?」と徳大寺さんが訊いていた。
「わたしだけ、みたいですから」と言ったのはういのちゃん。
なんのこと? それどういう意味?
「そうかっ! 分かった!」と徳大寺さん「『安達さんたちに加わって欲しい』って思ってたのって実はういのちゃんただ一人みたいで、だけど今川くんは『加わって欲しい』って言って、ういのちゃん一人にしなかったんだね!」
徳大寺さんに理解の先を越されていた。
えっ? そういうことになるの? こっちはそこまで考えてやってないんですけど……
「しかしこちらがどれほど思っても通じないときは通じないけど、ういのちゃんはどうするの?」と僕は訊いた。
「それはそうでしょうね」
「じゃ、みんなで『ルール変更なしにして』って先生のところに言いに行くっていう安達さんの提案はどうするの?」今度は徳大寺さんが訊いた。
「無視するわけにもいかないでしょう」あっさりとういのちゃんが言った。
うぇーっっ! どうしてそうなるよ⁉ せっかくここまで造り上げたのに!
「——ただし……」
「なにかあるの?」と徳大寺さんが訊く。
「七人全員元の通りを希望しているとは限らない、と付け加えるのを忘れない」ういのちゃんは言った。
「どういうこと?」またまた徳大寺さん。
「ルールが元に戻らなくても困らない人もいるということです」
「それは僕たちのこと?」と今度は僕が訊く。
「しかしそれだとわたし達の方は学校公認の同好会として名が残り、安達さん達の方は学校非公認だから名前も残らなくなる」ういのちゃんは言った。
「それはまずいということ?」念を押すように訊いた。
「はい」
「……」
「わたし達は人数が五人でも二人でも学校公認の同好会として名前を残して欲しいと『七人で言いに行く』ことはできる」ういのちゃんは言った。
目から鱗だ。
「次にどう動くべきか道が見えたってことか」今ので言わんとしていることがようやく分かった。
「なにが見えたの?」徳大寺さんが訊いてきた。
「俗に、『ためにする抗議』をするってのが道なわけで」
「なにそれ?」
「私たちは良心的に振る舞いました、という意味しかない手続きかもしれないけど」僕は言った。
「……て、つづき……」徳大寺さんはつぶやく。
……静寂。
ういのちゃんはニッコリ笑ったがうなづいてはいなかった。それに気づいてしまった。だけど、
「流石は今川さーでおわす」と口にだけはしてくれた。微妙な気分だ。
ともかく僕の提案(?)に誰も反対はしなかった。これで放課後の課題が出来てしまった。あの安達さんって女子のために動く義理もないけれど、とにかく課題ができてしまった。
『人数が五人でも二人でも学校公認の同好会として名前を残せるようにする』。結果がどうあれやる。まあ流れ上七人で言いに行くことは無理そうだから、そこは五人になるしかないけど。
だが気がかりがある。
ルール変更が無しになれば——つまり人数ひとりから学校公認組織になれるなら安達さんは安達さんで学校公認の組織をつくればいい。これならういのちゃんも納得だよ。
だけど『ルール変更アリ、修正も不可』で強行されたら、っていうかこっちの方が確率高いし、そしたらういのちゃんがめんどくさいことを言い出すよ、きっと。『わたし達は良心的に振る舞いましたっていう手続き』をしたからあのふたりはほっとこう、は通じないよ、この人には。
これは『わたし達は良心的に振る舞ったけど通じなかった。だからこの集まりはもう止めよう』ってことを言うための『ためにする抗議』かもしれない。まぁ思っただけで間違っても口になど、出せはしないけど。
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