だい〝にじゅうなな〟わ【比企和穂さんのお願い】

 そして放課後。

 やぁやぁっ! 先生に直談判だ! 職員室前の廊下に大集合する僕たち! って誰がやるんだろ? 五人全員でぎゃあぎゃあ言いに行くわけないよな。


「じゃ、徳大寺さん、お願いね」まとめ先輩が言った。


 ああ、なんかほっとする。


「わ……たし?」徳大寺さんが微妙な返事をした。


「当然でしょ。会長なんだから」


「会長って……正式に就任してないんだけど……」


「それ以外にも合理的な理由があるのよ」


「えーと、どんなでしょう?」


「この中で自分の同好会を主催してないのは徳大寺さんだけでしょ」


「そりゃそうですね」


「つまり自分の会が潰されて腹を立てるとかいった直接の利害関係者じゃないってことよ」


 う〜ん、もっともらしい。


「分かりました。やってみます」徳大寺さんはそう言うしかなかったみたいだ。


「一時間以内に片がつくなら私が補佐します」


 そう言ったのは、ういのちゃんだった。これはこのシフトが試されている。会長徳大寺さん、会長補佐ういのちゃん、っていう。それによく考えてみれば、この説得が功を奏すなら僕たちはあの安達って女子といっしょにやらなくていいんだ。僕もすっかり黒くなった。でもいいか。


 僕たちはがらりと職員室入り口の引き戸を開け中に踏み込む。徳大寺さんが五人の先頭になってしまっている。取り敢えず『なに先生』に言ったらいいか分からないので、しょうがなく僕たち五人は僕と徳大寺さんの担任の机のところへと向かう。先生は自分の机の前に座っていた。


「すみませ〜ん、先生」徳大寺さんが言った。


「なんだ徳大寺か、そろそろ応接室解放してくれよ。いつまでも自由に使わせるわけにはいかんのだからな」


「そのことなんですが〜、え、と、つまり同好会の合併の件です」


「お前は当事者じゃないのに熱心に世話を焼いてるな」


「最初はそのつもりだったんですけどいまや一応当事者の仲間です」


「うん、お前にとっても良いことだ」


「でもやっぱり癖の強い人ばかりっていうか、合併しろって言われてもなかなか上手くいかないケースもあるんですよね〜」


「ほぅそれで?」


「なんとかルール変更無しにできませんか?」


「それはだめだ」


「どうしてもですか?」


「聞いてるだろ? 後ろにいる四人から。大学推薦の書類に一人でやってる同好会の会名書いて活動実績があるかのように書いた生徒がいたと、学校としてはそういうことは困るというわけだ」


「いっけんもっともらしいですけど、そもそったったひとりでも会を立ち上げることができるなんてそういう変なルールを造った人がいるから今日こんなことになってるんじゃないですか」


「そこまで来ると不毛だな」


「不毛でもなんでもこれは気持ちの問題ですから、わたしの後ろの四人の人たちだって割り切ってはいません」


 先生は少し考え込むようにしながら、

「まあ説明しても今さらなにが変わるわけではないが——」と渋々と語り始めた。

「——そもそもこのルール、約十年前にできたらしい。私はその時この学校にいないからこれは教頭から説明を受けた話しに過ぎないが、こういうことだ。当時あまりに斬新すぎる方針が決定された。『帰宅部ゼロ方針』だ」


「きたくぶ・ゼロほうしん?」徳大寺さんはおうむ返しに言っていた。


「俗に言う『帰宅部』って知ってるだろ? 要するに放課後の授業外校内活動についてなにもやっていない生徒のことをわざわざ『部』をつけて呼ぶ呼び方だ——」


 僕は胸が痛い。僕のことを言われているようだ。先生はなお喋り続けている。


「——どの生徒であれどこかに入れてしまおうというずいぶんと乱暴な方針だったようだ、だがさすがにそれは行きすぎだということで別の部分で規制緩和が行われた。ここまで言えば分かるだろ?」


「つまりその規制緩和がたったひとりでも同好会を立ち上げられるっていうルールってわけですか」


「その通り。つまり『自分に向いたものがひとつもない』と訴える生徒でもペーパーの上では部活動ではないにせよどこかに所属していることになる。これが『帰宅部ゼロ』ってわけだ」


「それは思いっきり粉飾——じゃあ?」


「まあキツイ言い方をすればな。だが当時は甘く見ていたらしい」


「なにを甘く見たんですか?」


「生徒をだよ。まさかたったひとりで同好会ですなんて名乗ってしまう猛者が出るとは思わなかった。しかもまさか大学の推薦入学系の書類に堂々とそれを記載してしまうような勇者まで出るとはね。甘いと言われても仕方ないが似たような嗜好を持つ生徒同士が勝手に集まってどの生徒もクラス以外の人間の繋がりが持てるだろうという読みがあった。しかしまあ実に甘い読みで現実は厳しかったというわけだ。仕方ないのでその目的を達成するべくルールの是正もやむを得ずとなったってのが事の顛末だそうだ」


「つまり〜、いま聞いた感じだとルール変更の中止は〜」


「無理に決まってる」


「じゃあせめて教頭先生にこの話しを」


「すとっぷ! 勘弁してくれよ徳大寺。一公務員に対し相当無茶なことをお前は言っている」


 徳大寺さんは僕らを向いて言った。

「やっぱり無理だって」


「仕方ないわね」まとめ先輩が言う。


「おい、お前ら、人数だけは五人集まっているけど仲が悪かったりするのか?」先生が逆に尋ねてくる。


「残りの人たちがねー、問題なんですよ」徳大寺さんが投げやり気味に言った。僕も徳大寺さんも思うところはなんとなく同じかぁ。


「おいおい、仲間に入れるとか入れないとかそういう問題はごめんだぞ。職員会議でそういう問題が懸念されるという指摘があったからな」


「そーゆー問題があるから、ルール変更を待って欲しかったんですが」


「おいおい、もめ事があるのか?」


「まあこっちから排除するつもりはありませんから、その点ご安心を」


 もはやこれ以上の会話は不毛なのは明らかだなぁ。でも徳大寺さん会長らしい仕事したよ。


「えーと、じゃあ今日も応接室いいですよね?」徳大寺さんが言った。


「まぁしょうがない。ただし急な来客があったら出て行ってもらうぞ」


 今まで客の来訪を理由に追い出されたことはないから、まあ問題ないね。


「はぁい」と徳大寺さんは返事をし、僕たちは先生の机のところを辞した、


 応接室へと向かうわずかの間にういのちゃんが徳大寺さんに話し掛けていた。


「わたしの出る幕は無かったね」と。

 ういのちゃんの出る幕があるとすればあの安達さんとかいう女子が出てきたときに来ると思うんだけど、絶対に排除しないと主張する張本人だし、と思ったが口には出しにくい。黙っておいた。


 職員室から応接室へのドアをかちゃっと開くとそこには人がいた。

 一瞬間マズイっと思ったがそれは見知った顔だった。


「比企さん? 今日は一人なの?」徳大寺さんが言った。若干声が高くなっている。


「図書室にいたんだけどトイレに行くって嘘言ってここに来たんです。閑夏さんは一生懸命本を読んでいたからすぐには気づかないと思います」比企さんは言った。


 〝嘘〟だって? 単なる言いなりに見えたこの従属女子が?


「安達さんがトイレに行ったんじゃないの?」徳大寺さんが訊き返した。『この比企さんにそんな大胆なことができるわけがない』徳大寺さんもそう思ったに違いない。だが比企さんは首を振る。


「でもあまり時間はありません。だからわたしすぐ用事を言います」比企さんは早口でまくし立てる。なんか凄く慌てている。本人がいないところでないと言えないことなのか? 徳大寺さん始め僕らみんな身構えた様子。


「徳大寺さんっ、わたし達二人をこの会に入れてくださいっお願いしますっっ」一気にそう言い切るとこの女子の十八番、頭をぺこりと下げた。僕もみんなもあっけにとられている。

 比企さんの腰が伸び頭がもとの位置に戻ってから五秒後くらいに突如安達さんがやって来た。正に来襲っ! 当たり前だけどあっという間に比企さんが見つかってしまい安達さんの表情が変わる。


「ひとりでどうしてここにいるわけ? トイレに行ったんじゃなかったっけ? 嘘ついてたならあとでひどいからね」などと暴言を吐いていた。どうす——

「あらごめ〜ん。ちょっと見かけちゃったんでここに連れ込んじゃった」まとめ先輩の方が先に反応していた。僕がなにかを考える前に。


「そうですか」と安達さん。


「ふたりは仲が良いのね」まとめ先輩、ぜんぜんっ仲が良いなんて思ってないよね。安達さんは無言。さらにまとめ先輩が攻勢を掛ける。


「まあいいわ、ところで安達さんに知らせたいことがあるんだけど」


「なんでしょう?」


「取り敢えず座ってから〜」


 今日はこのふたりを半ば強制的に座らせた。七人全員が腰掛ける。なぜか僕だけ両肘掛け付きのシングルの椅子になってしまった。女子と並んで座りにくいから自然とこうなってしまった。なんとも悲しい反応だな。なぜか徳大寺さんがこっちをじっと見ている。『そこ、会長の座る椅子なんだけど』とでも言いたげのよう。


「あのさ、ルール変更の中止、五人で押しかけて先生に掛け合ってきたけどダメだった」まとめ先輩がそう結論を告げると、

「そうですか」と安達さんはぜんぜん残念でも無さそうに再び同じことばをあっさりと言って返してきた。

 それを言うや否や、

「カズホ行くから」と前に言ったのと同じようなセリフを残し、引きずるように比企さんを連れて応接室から出て行ってしまった。せっかく座らせたのに。


 なんだろうこのとりつく島もないといったカンジは。あからさまに連れ戻しに来ただけって感じだ。



 僕も含め残った五人は誰も口を開かない。ふたり減っただけなのに静かなもんだ。ようやくまとめ先輩が口を開く。


「ういのちゃん。正直、安達さんとわたし達は合わないとしか思えないんだけどそれでも同じことを言うの?」


 自分と同じ考えを他人が言ってくれるっというのは心強くそしてうれしい。まとめ先輩の言う『同じこと』ってのは確実に、『前に断られたからといってわたし達だけが学校公認の同好会になるのは人の道に反する』っていうあれだ。


「ウィ」とシャレともなんとも言えないような返事をういのちゃんはした。もちろんフランス語で『はい』という意味であることくらい僕でも知っている。


「比企さんの『入りたい』という声を聞いてしまいました。だから尚更です」ういのちゃんは迷いも無さそうに言い切った。


「彼女の希望はあくまで『二人いっしょに』よね? けど安達さんの方には入る意志は無いみたいなんだけど」まとめ先輩が静かに食ってかかる。『加入実現は実行不能』と言外に言っている。だがういのちゃんに折れる様子は無い。


 しかしマズイ。まずいよこの展開。ういのちゃん、かなり強情なタイプだよ。

 その時だ。それは唐突と言っていい。徳大寺さんが立ち上がる。


「ういのちゃん、ちょっと立ってっ」と言うやういのちゃんの手を引っ張り上げる。思わず立ち上がってしまうういのちゃん。徳大寺さんはその背後に素早く廻り込み背中を押し始める。


「なになになに?」と、ういのちゃんは声に出したがそのまま委細構わず応接室の外へと押し出していく。

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