だい〝にじゅうご〟わ【長宗我部元親サマ♡を語ってあげます】

「ちょっと気になって、確認したいことがあるのですが」と僕は言ってみる。


「なにを?」とまとめ先輩。どうやらまとめ先輩が相手をしてくれるらしい。


「今後の活動内容についでですけど」


「もう合併ができた気になってるの?」


「ええ、それでたぶん歴史をネタにお喋りするんですよね?」


「そうね」


「そこが気になるところでして」


「なに? 今川くん、意味が分からない」


「え〜となんて言ったらいいかなぁ……皆さん『歴女』ってことになっているんですよね?」


「まあそうね」とまたまたまとめ先輩。


「えっ? わたしも?」と徳大寺さん。話しをややこしくしてくれる。ちょっとだけ徳大寺さんは脇に置いておこう。


「だけど皆さん公然と一般的なところを外してくれてますよね?」


「まさかと思うけど、『歴女と言えば戦国武将』なんて思ってないよね?」とまとめ先輩。


「思ってるんですよ」


「浅いっ! 底が浅いっ」


「浅くてもいいですけど果たしてなにかしらの歴史談義が僕との間に成り立つかどうか気になるわけでして」


「そう言えば今川くんは定番の『戦国時代』よね」

 ソコしか語れないと思われてるな。まあいい、


「テイバンのところを強調してくれなくてもけっこうですけど、皆さん戦国時代についてどれほどの嗜みがあるか気になるわけでして」


「どうしても戦国なの?」と訊いたのはにーにーちゃん。さらに続け、「幕末って歴女的にはふつうだと思うんだけどな」と言った。


「普通だと思いますよね」と言ったのはういのちゃん。

 いえね、『新選組』はわりと前々から聞きますけど(土方歳三ファンとか沖田総司ファンとか)、西郷さんの方はあまり聞かないんですけど……まあそこは人の事言えないので敢えて突っ込みませんけど。


「まあそうなんですど、皆さんどのくらい戦国時代の話しができるかどうかというのは僕的に重要で。なんてったって『戦国』ってのはベーシック言語みたいなもんじゃないですか」


「さては今川くん、得意分野の『戦国』で優位に立ちたくてさっそく歴史知識の披露合戦でも始めようってわけね」とまとめ先輩。どうしてこう好戦的に解釈するかな。


「みんな、一廉の知識があることを今川くんに示さないとダメよ。じゃ、徳大寺さん、あなたからね」と、まとめ先輩が振った。

 よりによって徳大寺さんからね。


「戦国時代についてなにか話しをしろってことですか?」と徳大寺さん。


「そうよ歴女的にね」


「歴女的にってなにを言うんですか?」


「今川くん、言ってやって」

 なぜこっちに振るかな。


「愛でてる武将の名前を挙げるというのがいかにも歴女って感じになるんだけど」


「じゃあ真田幸村?」徳大寺さんが言った。


「信繁って言わないの?」とまとめ先輩。


「信繁だとテンキュー・ノブシゲ(註・武田信玄の弟「武田信繁」)になるじゃないですか」と僕の口が自動的に喋りだしていた。しかし、誰も反応してくれなかった……


「ずいぶんメジャー指向ね」とまとめ先輩。


「はは……そうですねえ」と徳大寺さん。


「で、真田幸村さんのどんなところがいいの?」まとめ先輩が訊く。


「それはなんていうのかな、カッコ良いところかな。天下人を追い詰めたところとか」


「天下人を追い詰めるどころか倒しちゃった人がいるけどそっちは?」


「え? いましたっけ?」


「明智光秀」

 みんな絶句してた。


「明智光秀ってカッコ良くないの?」とまとめ先輩。


「確かに倒していますけど不意打ちっていうか、夜明け前っていうか。やっぱり明るいうちに大っぴらに突撃した方が絵になるというのか……」


「じゃ、次、にーにーちゃん。戦国時代でこれはっていう武将を言ってみて」

 徳大寺さんはこれで終わりか。まとめ先輩に仕切られてるンですけど。やっぱり会長職というか部長職に未練があるのでは?


「えーと、えーとね」と明らかににーにーちゃんは困った様子。


「まさか誰も知らないってことはないでしょ?」とまとめ先輩が畳み掛けるように訊く。


「えーと今川義元さん——」

 えええ!

「——に織田信長さんにさっき言った明智光秀さんに、柴田勝家さんだったかな、それに豊臣秀吉さんに徳川家康さんに石田三成さんに豊臣秀頼さん」


 それはまんま日本史の教科書に載っている武将の人たちの名前ではなかろうか……、歴史教科書的には『タキガワ・サコンショーゲン(滝川一益)』も『コレズミ・ゴローザエモン(丹羽長秀)』もザコキャラということなのだな。これでは『テンキュー・ノブシゲ』と言っても反応してくれないはずだ。


「ようするによく分からないってこと?」とまとめ先輩。


「え、えーと」と困り始めるにーにーちゃん。新選組の好きなキャラでも訊いてあげた方がいいのだろう。あっ、キャラじゃなく実在の人物か。


「そういうまとめ先輩はどうなんですか?」と僕は言った。にーにーちゃんを助けてあげないと。僕が説得し巻き込んだ責任というものがある。


「わたし? 戦国武将について語れないとでも思ってる?」


 やけに自信があるじゃないか。個人的には『本願寺顕如』って言ってくれたらウケると思った。戦国時代に活躍したの間違いないし。あとオカルトマニア『細川政元』も捨てがたい。一応応仁の乱の後だし。


「長宗我部元親よ」


 ありがちとも言えるし、少し外してきたとも言える。


「どういうところが?」と僕。


「名前よ、名前。『チョーソカベモトチカ』って無駄に長いところがカッコ良いのよ」


「わたし、長すぎるからって短くされてしまったけど」と言ったのは『上伊集院』さん。


「いいのよ。大名は別だから。弟の『香宗我部(コーソカベ)』ってのもなかなかイケてるし」とまとめ先輩。


「言うこと名字だけなんですか?」と僕。


「もちろんそれだけじゃない。なんと言っても姫若子ちゃんなところがポイントなのよ」


「『ひめ・わこ』ってお姫様なの?」と訊いたのは徳大寺さん。


「なわけないでしょ。初陣確か二十二歳だったからそのせいよ」


「それなら大卒一年目の歳だから普通じゃないかなぁ」と徳大寺さん。さっそく外してくれてる。


「ちょっと、徳大寺さんっ、昔の元服、つまり成人式は十五歳なの。二十二歳から仕事すればいいだなんてそれって七年くらいニートしてたっていう意味になるからっ!」


 戦国武将のニートねえ。


「ところがね、その初陣で大勝利。姫若子ちゃん一転、まさに土佐の出来人化、次代のホープよっ。そのギャップが良いのよ。なんていうの、ギャップ萌え?」


 どこが良いのかよく分からん。隠された力が突然覚醒するという少年マンガ的なにかか?


「ギャップってなんです?」僕は訊いた。


「分からないの? 今川くんには。だから男子なのよ」


 女子にされてはたまらないが。


「そこんとこぜひ詳しく説明を聞きたいのですが」と僕。


「いい? 姫若子ちゃんなんてあだ名がつくくらいだから美少年の面影を十二分に残す美青年だったのは間違いないの。その一見なよなよっとした女の子みたいな男子が実は普通の男の子以上に凄いってドキドキこない? そのギャップよ」


「なよなよっとした女の子みたいな戦国武将で強いのが好みなら織田信長だってそうじゃないですか。女物の着物着て踊ってたって書いてありましたよ」僕は言った。


「だめ。織田信長はなんとなく下品だから。女の子みたいな男子でも下品じゃお話しにならないわ。女の子みたいな男子はお上品でないと」


「だけど山口多聞さんってそういうタイプじゃないような。むしろまとめ先輩は戦国時代なら毛利元就じゃないですか。頭の凄くいいキレ者爺さんだし」


「山口多聞さんはお爺さんじゃないし」


「ハァ……」


「ときにういの、あなたは?」またまとめ先輩が仕切り始める。足利将軍を操る三好一族よろしく会長を操る影の実力者になりそう。


「ちょっと偶然が重なってしまって言いにくいんですけど、わたしも長宗我部元親さんなんですよ」


 『島津』じゃないんだ、と少し意外。


「そう。でも言うべきポイントはもう先にわたしが言っちゃったから無理に喋る必要は無いわよ」


「いえ、ポイントは少しずれてるので大丈夫です」


「……なにそれ?」


「じゃ言いますよ」と前置きしてういのちゃんが語り始める。


「——長宗我部元親さんの長男は長宗我部信親さんっていうのだけれど豊後戸次川での戦で討ち死にしてしまうんです」

「——この戦は秀吉の九州征伐の緒戦で相手は西郷さんの出身藩である薩摩の島津氏です」

「——自分よりも長男が先に亡くなってしまった武将はわりといて、武田信玄、徳川家康、さっき今川くんが言った毛利元就さんなんかもそうですけど、中には自分の手で殺してしまったような人もいるんですね、武田信玄とか。厳密には自害したことになってますけど。徳川家康は織田信長からの要求で仕方なく自分の手で殺してしまったのかな。これも自害っていう形になってますけど」

「——毛利さんのところは病気で亡くなってしまったみたいで今でも起こり得るケースかな。今となっては長男が先にこの世を去ることになった武田信玄や徳川家康や毛利元就の心中はいかばかりか想像するしかないけど、長男が亡くなっても武将としてのお仕事はこれまで通りに続けられてた」

「——だけど長宗我部元親さんだけは違って人格崩壊を起こしてそれまでとは全く別人になってしまった。これがこの後の長宗我部家の運命に決定的影響を与えたという見方もある。もちろん大名として、武将としてはそれではダメでなにが起ころうと動じない人の方が優れていることになる。だけど長男を先に亡くして人柄が変わってしまうというのはもちろん褒められないけどとっても人間らしいなって思ってしまうんです。どうにかならなかったのかな。どうにもならなかったのかなって思ってもしまうんです——そんなところかな、長宗我部元親さんが気になってしまう理由って」


 ————さすがは、ういのちゃん。またも両手でポーズをつけながら動いて喋ってみんながみんな聞き入っていた。まとめ先輩も。もしかしてヅカ(宝塚)志望とかですか?


 しかし同じ『長宗我部元親』について語ってもらったというのにこの落差は……


 まぁともかくまとめ先輩とは戦国武将についての会話(低レベル)が成り立つことが分かったのは収穫だった。

 この辺で会の今後の活動を占う話しは終わりになり、あとはせっかく図書館に来たんだからとみんなで歴史系の本あさりへと突入。


 意外だった。たった一人の男子の僕がのけ者になるどころか、けっこう全ての女子がまんべんなく会話をしてくれる。こんなことが起こるなんて! こうなるともちろん楽しい。どうでもいいバカみたいな会話でも積み重なっていくとなんだかみんなとの距離も近くなるような————

 こうして日曜日が終わっていく。

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