だい〝にじゅうよん〟わ【権謀術数系?】

 土曜日の夜、突如招集がかけられた。山口先……じゃなかったどうもこう思い浮かんじゃうな、まとめ先輩から携帯電話に掛かってきた。

『明朝マルキューマルマル図書館前集合!』と。


「まるきゅー集合?」僕は問い返す。


「『まるきゅー』じゃないっ! 午前九時!」

 最初からそう言えばいいのにな……でも———


 なんていうのか? 個人的義務感? これはある意味このにわか仕立ての合併集団の真の姿が露わになるとき。有り体に言って結束力が試されている。なにしろに集合をかけるなんて。

 もし、みんなに電話を掛けて誰も来なかったら? すげーショックだろうな。僕も女子に面と向かって断られて非常に苦い目に遭った。いやー自分なら他人のケータイに積極的にかけて誘うなんて怖くてとてもとても。僕はまとめ先輩みたいなことはできない。だから尊敬する。だから護るために行かなきゃならん。




 そして日曜日。僕が図書館に着くと、僕より先に来てる人がいた。

「かみいっっっ、違った、ういのちゃん⁉」


「ああ今川さん、おはようございます」


「いつからここにいるの? 図書館まだ開いてないのに」


「三十分前くらいにはここにいようと思っていたから」


「そんなに待つつもりなの?」


「約束した以上は確実にその時間に間に合わせるのが道だから」


「退屈したんじゃないの?」


「退屈もなにもわたしがここに来てから十分しか経っていないから、もう話し相手も来てくれたし」


 僕は二十分前に着いていた。しかしこの展開は読めなかった。完全美少女の上伊集院さん(『ういのちゃん』なんて気安く呼んでいいのだろうかという気がしてるが)とふたりで立っているとは。まるでふたりでデートみたいだ。しかしその状態が持ったのはわずか五分。


 新見さ、いや違った、にーにーちゃんが小走りで僕達の方に駆けてきた。小走りにしか見えないのにもう息が切れていた。相当に体力無さそうだね。

「みな……さん、どうして……こんなに早いの?」


 それから約三分経過。ようやく真打ち(?)徳大寺さんがダッシュで到着した。徳大寺さんは新あだ名無しなんだな。

「なんでみんなこんなに早いの?」


 九時五分前。上級生が重役出勤してきた。

「私が最後なの? 面目丸つぶれじゃない‼」などと言っていた。


 う〜んそれじゃあ五分前じゃなく十分前くらいには来るべきだったよね。ま・と・め・先・輩。まぁ『諸君、集まっているようだなご苦労、ご苦労』なんて言わないのは可愛げがあるけど。もちろん口になど出しては言わないが。

 だけど僕は心の中で心底感心していた。みんな集まっている。集まってしまった。しかも約束の時間前に。この会って想像以上に一廉以上の人たちが集まってしまったんじゃあ?

 そしてなによりも、『みんな暇だったんだな〜』って思ってしまった、つい。もちろんそれに含まれてしまう僕なのだが。


「いま、『最後』って言いました?」それはういのちゃんだった。そういえばなにかを考え込んでいたように見えたけど。


「言ったけど」まとめ先輩が返す。


「あのふたりには連絡を入れていないのですか?」ういのちゃんが問う。

 またあの女子か。


「電話番号知らないから」とまとめ先輩はあっさり言った。


「……感心はしませんが」


「おっと九時になってる。中で話そうかぁ?」まとめ先輩が言っていた。



「私はね、こう見えても記憶力がいいんだよ」

 図書館ロビーのソファーに座るなりまとめ先輩が切り出した。まとめ先輩VSういのちゃんの予感がする。


「はぁ」


「ときにういのちゃん、あなた怒りっぽくないよね」


「どういう意味です?」


「怒りに任せて下野しちゃったりしないよね? ってこと」

 い? これは西郷隆盛ネタか? こんな時に? まとめ先輩なに考えてんの?


「別に怒って下野したとは思ってませんけど」


「西郷さんの話しは置いといて、あなたはどうなの?」


「話しの中身にもよりますが」

 さすが大物系(?)の信奉者だ。だけど変にどきどきする。


「私、南洲翁遺訓って本読んだんだよね。薄いけどけっこう難解よね」


「読んでくれたんですか? それでその先は?」


「世の中に小人(しょうじん)がいるのは仕方がないって書いてあるよね」


「仕方がないというか、どんな人でもその人なりに合った場所があるということですが」


「いやあ露骨に小人に高い地位を与えるとろくなことにならないって意味のことが書いてあるよ」


「……」


「で、ここからが本題。あの安達さんってコ、なんて言ったか覚えてる? 会長が決まってるか? って訊いたよね。それに加えて、私たちが入らなきゃ規定の人数は満たせない、って言っていたよね。どう思う?」


「……普通に考えて、この会の主導権を握らせろ、ですか」


「さすが、ういのちゃん。美人の上に頭も良いのね」


「顔は関係ありません」

 なぜか顔のことでういのちゃんが反発していた。


「いじめなんかが起こる集団ってろくでもな〜い人間が権力獲ってるから起こるのよね。ろくでもな〜い人間がいてもその人間に権力が無ければその集団は良い集団になるよね」


「なるほど、よう分かりもした」

 はい? しかし誰も突っ込まない。


「まとめ先輩はこう言いたいわけですね? 排除はしないが地位につけるな、と」


「さすが西郷さんのファンだ。話しが早い」まとめ先輩は言った。

 なに? この展開は。あのふたりをこの『会』に入れることを前提とした話しをしてる。なんか、いやだよなあ。しかし入れないとういのちゃんは離脱しかねない。それは五人を割るという意味になる。


「要は会長を誰にするかいまここで打ち合わせしてしまおうと?」ういのちゃんは訊いた。


「そういうこと」


「ところでなぜわたしにこの話しを? 他の人たちはもう知っているんですか?」


「知らないわよ。私の独断だから。あなたが一番やっかいだと思ったからあなたにしてるの。あなたさえ説得できれば他の人は説得できたも同じだから。みんな、良いよね?」

 しかし会長選挙の出来レースの相談とは。今日の招集の目的はこれだったんだな。


「問題ない」僕はそう返事した。そう返事するしかない、とも言える。


「不安を取り除いてくれるなら」にーにーちゃんもそう言った。はぁ、皆さん腹黒いのかお優しいのか。


「依存ありません」徳大寺さんもそう言った。


「じゃあ話しを続けるわよ」まとめ先輩が言った。


「会長は普通に考えて選挙で決める。だから私たちが会長を誰にするか決められる」


「じゃあ決まってますね」ういのちゃんが言った。


「誰?」


「まとめ先輩です。この中で唯一の三年で上級生であるまとめ先輩がこの会をそれこそまとめるべきです」


「はい却下ー」まとめ先輩、あっさりと!


「どうしてです? いまわたしすごく真っ当なことを言ったと思います」ういのちゃんが気色ばむ。


「私は会長やらないから」


「そんな、無責任です。卑怯です」


「問題はいまこの時の決断だから。あとになって『五分ではなく、その二時間前に勝利のチャンスを失っている』ってことになるのよ」


「意味が分かるようにお願いします」

 僕たちはまとめ先輩とういのちゃんのやりとりをただじっと聞いている。しかしなんか嫌な予感がしてきたぞ。会長は『今川くんがやれ!』なんてことになりはしないか? 唯一の男子だし。まあ〝会長〟という肩書きは総合型選抜入試書類に書く格好のネタにはなるけど。でもこの女子たちを僕が束ねられるの?


「会ができたとて、私はこの会にあと一年いないから。私がいなくなったあとのことを考えればここは会長を二年生にしておいた方がいいのよ。変なのに仕切られた集団がどうなるか、そんな集団にいたらどうなるか、考えなさいっ」


「すると誰です?」ういのちゃんが訊いた。

 やはりここは一番しっかりしていそうなういのちゃんで決めてくれ。


「徳大寺さん、あなただから」まとめ先輩が宣言した。


「ええーっ‼‼」思わずかん高く声が出た。


「なんで今川くんが驚いてるの⁉」それは徳大寺さん本人だった。こちらの声も大きい。ロビーとは言え図書館なのに。


「じゃあ徳大寺さん会長やるの?」とまとめ先輩。


「いやその、どうしてっ?」しかし、そんな徳大寺さんの当惑などどこ吹く風、まとめ先輩はどんどん話しを暴走させていく。


「どう? ういのちゃん。不満があるならいま聞くけど。『私が会長やりたいです』って言っても良いけど」


「わたしにここまで話しをするってことは、わたしにどんな役割を期待しているんです?」


「会長補佐。私が補佐しなかったら誰が補佐するの? っていう気概で会長補佐して。あなたがやってくれればあのコがいても問題ないから。どう?」

 どうする?


 ういのちゃんは無敵の美少女スマイルを浮かべながら、

「そいでよかと思います。徳大寺さーをお支えもんそ」

 と合ってるのか合ってないのか分からない薩摩弁(?)でそう言い切った!


 まとめ先輩もにっこり笑い返して、

「じゃあ、あなた達二年生四人は徳大寺さんに投票して。私は自分に入れるから」と言った。

 まとめ先輩は徳大寺さんの同意も得ずにどこまでも突っ走ってる。しかし徳大寺さんは徳大寺さんぶりを発揮していた。


「あのぅ、まとめ先輩はどうしてわたしに入れてくれないのでしょうか?」などと訊いていた。全部票が欲しいのか⁉


「私が投票しなくても勝てるから」まとめ先輩が返す。


「いやそうじゃなくて、会長をやりたいなら立候補取りやめますよ」


「バカね。なに言ってんの? 疑われるからよ」


「へ?」


「あなたが5票獲っちゃったらあのコが出来レースだと気づくじゃないの!」


「じゃ、そのためにわざわざ自分で自分に入れるんですか?」


「そうよ!」


「しかしちょっと待って下さい。二年だけで結託し4票獲ったらやっぱり出来レースを疑われるんじゃないですか?」僕はまとめ先輩に尋ねた。


「そこよ! 今川くん」

 どこだ?


「いい? 二年が結託するってのはいかにもありそうなことよね?」


「はい」


「弾かれた私のことを安達さん達はどう思うかしらね? 仲間とは思わないでも一定のシンパシーは感じるはずじゃないの? あの安達さんってコの懐柔と監視は私がやる!」


「納得しました……」

 ——なんと言ったらいいのか……、やっぱり歴史系は権謀術数系?


「じゃあ次は合併したあとの会の名前ね」まとめ先輩が強引に話しを展開していく。


「じゃあ『軍令部』ってことで」


「却下します」とういのちゃんは言った。

 くすくすくすくす、にーにーちゃんが笑いをかみ殺すようにそれでも笑い続けている。


「会長職を譲ったのに?」


「まったく別の名前にしてください、みんな自分の会の名前を諦めるんですから」とあっさりういのちゃん。


「じゃ銀行みたくどんどんどんくっつけるのは?」


「却下します」


「えーどうして?」


「人の名字が長すぎるからって『ういのちゃん』にしたでしょう?」


「じゃ『Z研究会』」


「どこか有名大学でも志望しているんですか?」


「そういう勘違いしちゃうでしょ? そこが狙い。実は電磁波でB29を撃ち落とす研究、Z研究が元ネタだから」


「そういうオカルトみたいな名前は却下です」


「じゃあ『月を愛でよう会』」


「なんです? そのお月見の会みたいな名前は」


「山口多聞さんが言ったから」

 まとめ先輩……山口多聞さんがこんなトコにまで……


「……まあ会の名前の方は七人揃ったところで決めるということで」ういのちゃんはそう言うしかなかった。

 くすくすくすくす、まだにーにーちゃんが笑いをかみ殺すようにそれでも笑っている。僕らはコメディをやってるわけじゃないのだが。


 まあ雰囲気が良くなってきたのは良いことなのだろう。だが僕的にはどうしても今後のことが気になる————

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