だい〝じゅうろく〟わ【主人公今川真、女子の前でリフティングを披露させられる】
日が変わって水曜日。
予定は狂うためにある。な〜んて言ったら変だろうか? 上伊集院さんと接触を予定していた本日。朝のホームルーム直後、担任の先生から手招きされそして短く告げられた。この僕に接触を求めてくる女子またしてもアリとの事。
「新見さん?」
先生から面会希望を告げられてたぶん面食らったような顔をして言ったと思う。
どういうこと? 昨日確かに山口先輩はこのコに声をかけ、このコから参加を拒否られたはず。それがどうして僕のところに来ようとするのか? また断られるのか? 昨日のこともありどうも気分はイマイチ。
今は時間が無い。次の休み時間に徳大寺さんに相談してみよう。
休み時間、
「さて、どうしたもんでしょう」と僕は口にした。
「わたしに訊いてるの?」と徳大寺さん。
「会うか会わないか、山口先輩に知らせるか知らせないか」
「もう答えは決まってるようなもんですけどね」徳大寺さんは言った。
「新見さんに会うというのは決まっているとしても、それ山口先輩に知らせるの?」
「センパイに隠れてコソコソ会うの?」徳大寺さんに詰問調に言われた。
「女子に断られるところを女子に見られるのか……」
「どーせわたしが見るんでしょ?」と徳大寺さんにじとっとした目で見られた。
「いやっ、もちろん徳大寺さんも女子だよ! でもなるべくたくさんの女子には見られたくないというか、そういうやつ解ってくれないかなぁ」
「でもさ、昨日山口先輩がその新見さんを呼び出して断られたよね? 同じコに断られても今川くんだけじゃないんじゃないの?」
「それもそうか……」と思いを巡らし「つまり新見さんとは会う。山口先輩には知らせる」そう僕は結論した。
「じゃあ意見が一致したということで」徳大寺さんは言った。最初からは一致はしてなかったけど。
そして昼ご飯の時間になった。僕たちは教室では食べない。正直気が重い。僕と徳大寺さんは昨日の約束(?)通りにおにぎりのお弁当を持って教室を抜けだし外に出る。昼食直前のごたごたに紛れるように。体育用具室を経由してサッカーボールとともにグランドへ。
グランドの国旗掲揚ポールのところが待ち合わせの場所。いま山口先輩が小走りでその場所に到着していた。ほんの一寸だけど山口先輩の先着。
これもまた少しだけ気が重いんだけど、嫌なことは先に片付けた方が良い。それは新見さんのこと。それを言うなり山口先輩は言い放った。
「第二波攻撃の必要あり、許可を求む‼」
「わぁっちょっとちょっと待ってください」徳大寺さんが慌てて止める。
ことばだけ聞くと冗談言ってるみたいだけど声調子が普通じゃない。これはヤバい。
「今川くんっなんとか言って!」徳大寺さんに咎められるように話しを振られた。
「どーせ断られるに決まってますから。それよりおにぎりのお弁当食べません?」
徳大寺さんも山口先輩もぽかんとしてしまった。そんな変なこと言った? そんなふたりを尻目に僕は国旗掲揚ポールのコンクリート土台に腰掛ける。そしてポリ袋の中からアルミホイルに包まれたおにぎりを取りだしていた。
「どうしたの? 早く食べないと時間が無くなりますよ」そう言った。
徳大寺さんと山口先輩も仲良く(?)コンクリート土台に腰掛けた。さすがに僕の横にぴたりとはくっつかない。適当に距離をとって仲良く(?)腰掛けている。
地面に近いレベルに座って眺める誰もいない昼食時のグランドの広いこと。そんなグランドを見ながらおにぎりをいま食べている。不思議な感覚。おかしなピクニック。自然に顔に笑みが出てしまう僕。変なことに巻き込まれてるけどこんな事ができるのならそれも悪くはない。 ふと横を見ればあの山口先輩もおにぎりを頬張りながら徳大寺さんとお喋りしながら不思議に微笑みながら食べている。さっきの新見さんの話しの時の顔が嘘のよう。
なんか、平和だな——
「センパイ、おにぎりの中なんです?」徳大寺さんが訊いていた。そういう話しをしたくなる気分なんだろう。
「私は梅干しと昆布」と山口先輩。
「わたしは梅干しとおかか」と徳大寺さん。
「今川くんは何なのかな〜」と続けて徳大寺さんが訊いてきた。
「僕? 定番の梅干しと味噌漬けとたくあんのみじん切り」そう言った。
「さすが男子、三個なんだ」と山口先輩。
「そんなんで『さすが』になるんですか?」と言うしかない。
「全員梅干しおにぎりがあったってのも『さすが』かもね〜」と徳大寺さん。
なんとなく嬉しくなっちゃうかもな。僕はたぶん少しだけ微笑みながらポリ袋の中からペットボトルのお茶を取りだした。
「あっわたし飲み物なんて用意してない」徳大寺さんが言った。それはどうやら山口先輩も同じだったみたい。ふたりで僕の五〇〇CCのペットボトルのお茶をガン見している。
そんなに見られればさすがに気づかざるを得ない。
「おにぎりと言ったらお茶でしょ」と言った。
「まさか——飲み物用意してなかったの?」と訊く。無言でうなづく徳大寺さん。しょうがないので「おにぎり包んでいたアルミホイルで円錐作って」と言った。
「ひょっほはっへ」、徳大寺さんは二個目のおにぎりを口にくわえながら言っていた。たぶん『ちょっと待って』と言ったのだろう。徳大寺さんは僕に言われたとおりにアルミホイルで円錐を作った。この円錐がなにを意味してるかはもう分かってくれているっぽい。
キチブチっと音を出して僕がペットボトルの封を切る。徳大寺さんは口にくわえたおにぎりを右手に持ち替え、左手で円錐の頂点を下にして僕に差し出した。そう、盃だ。僕はアルミホイル製の盃の中にお茶を注ぐ。
「やだっ漏れてきてる」
「作り方がヘボいんだよ」僕は言った。徳大寺さんはそれに返事もせず大慌てでお茶をすすっている。
「先輩は用意できました?」僕が今度は山口先輩に声を掛ける。
「え? 私?」意外そうな山口先輩。
「ちょっと待ってすぐ作るから」と大慌てでアルミホイル製の盃を仕上げる。センパイの盃の中にもお茶をそそぐ。センパイの盃からはお茶は漏れなかった。いまセンパイがそれを飲んでいる。パイセンよりはセンパイかもな——
「じゃあもう僕が飲んじゃっていい?」と訊いた。徳大寺さんはそれがなにを意味してるのかとっさに分からなかったらしく、「えっ?」と言っていた。
「僕が口をつけたものを飲みたくはないでしょ」僕はそう言ったのだった。言いたくはなかったが。
しかし徳大寺さんは、
「なんだろう? このふぅしぎなかんじは?」と不思議なことを口にしていた。
「じゃああと一杯だけおかわりで」と山口先輩がまずお代わりを所望した。
「わたしも」と徳大寺さんも続いた。
改めてふたりのアルミホイル製の盃にお茶を注ぐと僕はペットボトルのお茶をラッパ飲みして飲み干してしまった。三個もあったおにぎりはもう食べてしまった。
「じゃあとっととボール蹴るから」と僕は言って立ち上がる。「リフティングでいいよね」と、とっとと始めることにした。そう言えばかの今川氏真は織田信長の前で蹴鞠を披露させられたということがあったとか……
ボン、ボン、ボン、ボン、ボン、ボン、ボン、ボン、ボン————。
左脚、右脚、左脚、右、左、右、左、右、左、右、左、右————。
規則正しく実に規則正しくボールを蹴り上げる音が響く。しばらくやっていなかったけど身体が覚えたことは忘れないもんだ。
「ことばはアレだけど木魚の音みたい」徳大寺さんがヘンなことを言った。相変わらずだ。
でも昼ご飯を食べ終わった身では睡魔を呼び寄せるようなリズムではある。適当なところで終わらそうと思ったが、あんまり早く終わると少しカッコ悪いような気がするぞ。どこで終わらせる気配を見せたらよいものか。少なくとも素人ではなさそうだということは分かってくれただろうか。
ボン、ボン————。
どれくらい続いているだろう。
「もっと変わった蹴り方はしないの?」山口先輩が僕に声をかけてきた。
ボン、ボン————。
「と、言うと?」
ボン、ボン————。
「頭の上にボールを乗せたり、背中に回して足の裏で蹴ったりとか」
ボン、ボン、ボン————。
話しかけられると気が散るのだが今日は調子がいいのか会話しながらでも正確に続いてる。
「そういうのはやらない。ヘボだから。必ず途切れるんだよねカッコつけると。確実に正確なプレーを心がけるというのが僕の信条だから」そう言った。
ボンっ。っとここで途切れた。山口先輩がボールを取ってしまっていた。ずいぶんと近いんですけど。
「じゃあ今度は遠くへ蹴ってみて」と山口先輩。
「どこに?」
「ちょっと来てみて」と山口先輩はボールを持ってグランドに設置されているゴールの方に走り出す。ぐんぐん姿が遠くなる。慌てて僕は追いかける。徳大寺さんも僕らふたりを追いかけてきた。
ある地点で山口先輩はボールを地面の上に置いて、
「じゃここからゴールへ向かって蹴ってみて」と言った。
「遠いなあ」率直にそう思った。たぶんここから直接ゴールに入るか? って意味なんだろうな。ま、壁もキーパーもいないわけだけど、ゴールのど真ん中には蹴りにくいよなぁ。こういうの、入れりゃあいいってもんじゃないだろうし。
「変なところに蹴ってもいっしょに取りに行ってあげるから」と山口先輩は言う。やらざるを得ない雰囲気だ。ここはそれっぽく狙うべき所を狙うか————
無言のままボールに近づき、次いでゴールの方を見る。誰もいないグランドは本当に静かだ。山口先輩も徳大寺さんも黙ったままただ僕を見ている。
ボールから距離をとる。助走距離だ。たったたっと走り出す。右脚が一閃。ボッ! と乾いた音がした。自分で信じられない光景が目に飛び込んできた。直後パアンっと鈍い金属音のような音がしたかと思ったらボールが蹴った僕の方に真っ直ぐ転がって戻ってくる。ポール直撃。サッカーと言えばもう上から見下ろしてばかりの画面しか見ていない。地面の高さで自分の目線でボールの軌道を見るのは本当に久しぶりだ。あの弧を描く弾道のうつくしいこと。ボールの軌道がなにもない空中に残像として今だって残って見える。自分で言ってちゃ世話ないが。
僕は、はしゃくでもなく淡々とボールを拾い上げたまま、ただ立っていた。
「もう一度蹴って」それは山口先輩だった。
「もう一度?」僕は確実に嫌そうな声を出していた。
「徳大寺さん、見たいよね?」山口先輩は徳大寺さんの方に振っていた。
「えぇ、まあ」と釣られるように言ってしまう徳大寺さん。
「じゃあ一度だけ」と言うしかない。さっきとほぼ同じ位置にボールを置く。嫌な予感しかしない。
再び右脚を一閃。けどさっきと大違い。大ハズレ。カッコつけすぎだ。ゴールのど真ん中狙ってりゃ良かったか。見てる人が素人なら素直に感心してくれたかもしれないし。
「今川くん、いまの、わざとやってないよね?」山口先輩が訊く。
「まさか。人並みに女子の前ではカッコつけたいと思っているから」と言った。
「山口先輩が言うからわたしもそう思っちゃった」と徳大寺さんまで。なにを買いかぶっているのか。
「ポジションはどこだったの?」山口先輩が訊いてきた。
「右利きの左サイドバック」
確か前にも同じことを徳大寺さんに言っていた……それと同じことを山口先輩に言った。
「左サイドバックなら左利きでしょ?」
がんっ! と軽い衝撃。徳大寺さんはこんな展開はできなかった。
「確かに左利きの方がセンタリングも早いけどね」
「じゃなんでそんなとこやってたの?」
「そこしか空いていなかったから」
「サッカー、なんでやめたの?」
「言う意味があるんだろうか?」
「な〜んにもできなかった男子より、なにかできた男子の方が女の子を惹きつける可能性があるから」
「比較対象がな〜んにもできなかった男子かぁ。まあ今や自分もそんな男子だからな」
「隠さなきゃいけないほど嫌な目に遭わされたの?」
「先輩、粘りますね」
「明るく振る舞っているけれど過去に暗い影を負った男子。ふとその影が見える男子ってのは女子から見れば深いのよ」
え? そうなの?
「よくある話しだけど」
「そのよくある話しが重要なのよ」
「人間関係です」
「にんげんかんけい?」
「そうです。部活動における人間関係」
「本当によくある話しね」
「だから話す意味も無いんですよ」
「まさか、イジメとか⁉」
「女の子を前に『昔いじめられていました』なんて言うヤツもいないだろうけど」
「違うの?」
「いや、それに近いかもしれない」
「どんな? どんな?」と畳み掛けてくる山口先輩。
ここで徳大寺さんの突然の介入。
「もういいんじゃないかなぁ、過去サッカー部を辞めたいきさつなんて」
いくらなんでもこれはあんまりだ(たぶん)、と思ってくれたんだろうか?
「今川くんの同好会の名前と関係があるよね?」とそれでも山口先輩。
同好会の名前をここで持ち出してきたか。語りたくはないけどなぁ。
「まぁサッカーというスポーツは悲惨だよ。中心選手とソリが合わないとプレー中でさえも酷い目に遭わされるし」とポツリと口にした。
「分かった! 無茶ぶりスルーパスとか、センタリングが遅いとかケチつけられたとか?」山口先輩が言った。
驚いた。
「もしかしてサッカーとかよく見てます?」
「多少は」
「いやまったく見てきたように言うから」
「どうなの?」
「まるで見ていたみたいです」
「そうなんだ」
「だからもうサッカーなんてやるのも見るのも……ね」
「あっさりやめてしまって後悔とか無いの?」
「別に。元々足が遅かったからどこかでスピードについて行けなくなっていたと思うから」
みんな黙ってしまった。しかし言わねばならない。
「さっきボールみんなで拾いに行くって言ってくれましたよね? 取りに行くの付き合ってもらえます?」
さてさて、ボールを拾いに行ったり元の体育用具室に戻したり。後始末を終えようやく僕たちは職員室にたどり着いた。
時は昼休み直前。まだ件の人物〝新見さん〟は来ていないようだ。しばらくして先生が職員室に戻ってくる。案の定勝手に教室を抜け出し昼食をグランドでとっていたことを担任の先生に咎められる。ただ僕が、
「同好会の件ですよ」と言っただけで説教も早々に終わってしまった。実に便利な、今だけの言い訳だ。とは言ってもクラスの連中には後でなに言われるか。
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