だい〝じゅうなな〟わ【主人公今川真、『新撰組』と対峙する(?)】

「いい? 二対一、数で圧倒するのよ」山口先輩が戦術の徹底を指示した。


「数的優位を保てですか?」と僕。


「数的優位……どっかで聞いたようなふれーずですね」と徳大寺さん。


「センパイは行くんですよね?」僕は念を押した。新見さんに対し怒っていたんだから直接なにか言ってやりたいとか思ってるんじゃないの? とか、当然そういう思考にもなる。


「徳大寺さんと今川くんが行くに決まってるでしょ」山口先輩はそう言い切った。


「えぇわたしもっ⁉」と徳大寺さん。


「私のトコに来たときはふたりで来たでしょ。だから今回もそれをやってってこと」


「圧倒するなら三対一の方が圧倒的じゃないですか?」率直に僕は言った。


「いいいいい、今川くんなんてことをっ!」となぜか徳大寺さんが慌ててる。イジメじゃないぞ。勘違いしてないか?


「なに言ってるの。私はあくまであのコがなんて言うか複数の人に聞いておいて欲しいだけ。ほら私あのコに断られているし遠くからじゃ容姿しか分からない」山口先輩は言った。


「ほら配置について、そろそろ来るかもしれない」山口先輩が言った。また断られるのだろうと覚悟は決めているつもりだが気が重い。みっともないなあ……



 職員室のドアががらりと開く。昨日と同じ特徴の同じ女子(当たり前だな)髪型の丸い『せみろんぐ』な女の子が入ってきた。うちのクラスの担任の机の近くにいたせいだろうか新見さんは迷わず僕たちの方に近づいてくる。前に一度顔を見ているが髪型しか記憶に残らなかった。改めて顔をじっくり見ることができた。目がやや小さめ、清楚な感じのする女子。


「いまがわ・まことさんですよね? わたしは四組の新見です」


 そんなことを言われてしまったのはなぜか徳大寺さん。違うっそれ人違いだから!


「あのぅわたしは徳大寺なんですけど。今川くんはこっち——」と隣を指差す徳大寺さん。指差されたのはもちろん僕。


「え? 今川さんは男の人だったんですか⁉」と新見さん。


 『まこと』という名前で端から女子だと思ったんだろうか? たしかに女子でもどこかにありそうな名前ではあるけれど。


「今川真です」そう名乗った。


「あっハイ。新見にしきです」


「で、今日の用事というのは……」


「あっあの同好会の合併の件なんですけど、お断りしようと思って……あの本当にごめんなさい。わざわざ呼び出して断るなんて失礼だと思うんですけどごめんなさい」


 やっぱりか——


 新見さんは早くもこの場を離れようと身体をターンさせようとしていた。


「もしよかったら理由を教えて欲しいんだけど」と口が言っていた。僕にしては珍しい食い下がり。新見さんは僕のことばで身体の体重移動を止めた。そして言おうか言うまいか逡巡している様子で迷っているよう。結局『断ってしまった』という後ろめたさがあったのか、この重い要請に応えてくれた。


「あの……わたしその……集団が苦手というか、歴史系の人って知識の量がすごいでしょ? わたしなんてただ新選組が好きってだけでなんていうのかな、芸能人が好きってのとあまり違いがないというのか……、あっでも芸能人が好きすぎる人も知識が半端無かったりしますけど、そんな程度の好きだから同じ歴史系で集まっても気後れするというか……」新見さんはおどおどと言った。


「なんだ、そんな理由なのか」思わずそう言っていた。拍子が抜けた。


「ちょっとっ! 人に理由を言わせて『そんな』は無いと思うけど」横の徳大寺さんが突っ込んでくれた。頼んでないけどなぁ。

 しかし新見さんは本格的にオロオロし始めてしまった。


「確かにそりゃそうだけど、学校側の横暴なルール変更に従わないぞという意志でもあるのかと、ほら新選組って最後まで戦うっていうイメージがあるから」僕は言った。


「ちょっっさらに失礼なことを!」と徳大寺さん。

 だけど、ここで予想外にことが流れ始める。


「そぅ……ですよね。確かに土方さんとかそれでも最後まで戦っていましたからね——」なんてことを新見さんは言い出していた。


「でしょう?」と言っていた。


「ですね」と新見さん。


「ちょっとちょっと微妙に良い雰囲気じゃない! なにこれ?」と、思っているであろうことをそっくりそのまま口に出す徳大寺さん。相変わらず変わってるな。


「あの山口先輩に対して断ったのも同じ理由なんですか?」そう尋ねていた。


「あっあの上級生の方の知り合いの方だったんですね。そうですねなんとなく人と話すのが怖いというのか」そう新見さんは言った。


「それはやっぱり知識がどうとかという意味?」


「知識がないと話しが続かないというのか……」


「そんなものは関係ないでしょ」


「なくていいの?」


「例えばこんな話しはどう? 僕の立ち上げている同好会の名前知ってるよね?」


「確か敗けた戦国武将の研究をしているんですよね?」


「不思議なんだよね」


「え……と、どこがでしょう」


「ある意味新選組と同じだと思うんだ」


 にわかに新見さんの表情に火が入ったように見えた。

「たとえば?」


「敗北した、という意味において」


「そうかも」


「だけど決定的に違うところがある」


「どこ?」


「敗けた方にヒロイズムがあるところ」

 徳大寺さんが珍しく温和しく聞いている。

「——不思議なんだよね。同じ戦国時代でもいわゆる安土桃山時代より時代が後だと突然敗けた方にヒロイズムが発生するんだよね。石田三成、大谷吉継、直江兼続、立花宗茂とか」


「へぇ」


「明らかに彼らはこれ以前の今川氏真、武田勝頼、北条氏政のように『愚か者』で片付けられていないんだよね。むしろ愚か者扱いなのは勝ち組のはずの福島正則や加藤清正なんだよね」


「そうなんだ」


「新選組も安土桃山以降の負けた側みたいなもんで、敗けたのにヒロイズムがある。逆に勝った方にヒロイズムが無いんだよね。高杉晋作や久坂玄瑞みたく途中で死んじゃった人にはヒロイズムはあるけれど桂小五郎とか明治になっても生き残っていた人にはヒロイズムが無い」


「そう言えば」


「ところが不思議なことに時代がこの後に下ると敗けた人はヒロイズムどころか犯罪者扱いになるんだ。僕は人間のこうした不思議なところを見逃さないクチなんだ」


「へぇ」


「だからさ、知識なんて関係ないんだ。ある程度でいいんだと思う。僕らは社会のテストのためにやってるんじゃない。知識なんて考えるための材料に過ぎないから」


 あれ? 僕ってこんな男子だったっけ? こんな似合わないこと言ってる——


「あのっ! やっぱり参加するの止めるの止めます」新見さんが覇気っと言った。


 え? ちょっと??

「それは参加希望ってこと?」と訊く。


「はいっ! 知識の量を競うんじゃないのならぜひっ」新見さんはそう断言した。


「今川くん、なにびっくりしたような表情をしてるのっ! 説得するつもりで話していたんじゃないの? ここは答えは決まっているでしょっ!」徳大寺さんの発破。こくりとうなづいた。


「じゃ、そういうことで」


「軽いっ軽いよ! いや別に軽くていいけど」その声、徳大寺さん。らしいな。


 でもこれって……僕がやっちゃったってこと? 遂にやった! 僕が女子を説得できるなんて! ここまで僕はあり得ない量で女子と会話をしてきた。徳大寺さんと山口先輩というふたりの女子との会話で女子慣れ(?)していた成果が出た?


 いや、違う。新見さんがおろおろしてて、おとなしそうで、だから食い下がることができた……、たぶん。

 ともかく結果良ければ全てよし、だ。僕はなにげにゆっくりと後ろを振り向き山口先輩の方を見た。いぶかしそぅ〜にこちらを見ている。きっといつまで経っても『このコに帰るそぶりが見えない』からだろう。


「ちょっと、どうするの?」徳大寺さんが小声で訊いてきた。


「どうする、とは?」


「『センパ〜イ、話しまとまりましたぁ』、なんて言えるの?」


「それでそのぉ〜」と声がする。新見さんだった。


「いくつかの会の人たちにはもう断っちゃったあとなんだけど、いまさら『やっぱりやることにしました』なんて言ったら怒られる、よ、ね?」


「まぁ、気が変わったと言えばいいんじゃないのかな」僕は言った。そうと決めたのならそう言うしかない。


「センパイッ! 話しまとまりましたぁ‼」次の瞬間遠くまで通る声が身体から出ていた。


「なに簡単にわたしがためらっていた行動に打って出てるの!」咎めたのはもちろん徳大寺さん。

 徳大寺さんにとっては案の定。実に気まずい複雑な表情をして山口先輩が歩いてくる。


「ひぁっ」と妙な叫び声。もう既に新見さんは気づいているみたい。


「ごめんなさい。ごめんなさい」とひたすら何度も頭を下げている。


「これって男の子の魅力なのかなぁ」と山口先輩。


「怖いよ。勘弁してあげてっ」徳大寺さんの微妙なフォロー。


「いえ、そんな魅力は無いですね。僕はふたり組に断られていますから」僕はマイペースで応答。


「あれっ? そうなの?——」新見さんが驚くように口にした。次の瞬間僕が驚いた。「——わたし、あのふたりから誘われたんだけど」と新見さんが言ったから。


 これってどういうこと? あれアレ? いっしょにやろうって誘われた? 僕はあのふたりから断られたんだよ。どうしてあなたは誘われる方なの? 思わず訊いていた。

「それでどう返事したの?」と。


「なんとなく、嫌な予感がしたので断っちゃいました………」新見さんは返事した。


 僕は立ちすくんでいる。僕は断られ、新見さんは誘われ……


 ところが山口先輩っ、

「じゃあわたしにも嫌〜な予感を感じたんだ?」と言ってのける。根に持ってらっしゃる!


「いえそのあの、違うんですっ。わたし先輩と同じく上伊集院さんという人も誘われる前に断っちゃいました」


「へー、どういう理由でそーゆー事するのかしら?」山口先輩が凄んでいる。


「いえ、あのその、せっかく誘ってくれる人を断るのは怖いので、わたしから言った方がいいのかなって思ったから」


 ある意味こっちの方が怖いと思うのだが。あの安達って女子の誘いを断ったとき凄まれたりしたんだろうか?


「じゃあわたしも怖いんだ?」山口先輩がまだ絡んでいる。


「ハイ怖いです」


 新見さん言うなあ。


「そう、怖いんだ」と言いつつどーしたわけ? 山口先輩はまんざらでもない様子。そうか、上級生と言っても上背は下級生より無い。威圧感があって欲しいと本人が思ってるってことだろうか? 下級生から怖がられると快感とか思ってる? ひょっとして。


 待てよ。そう言えば僕たち、上伊集院さんに会っていない。この新見さんって女子は会っている。どういう人かここで訊いておくのも悪くない。なんだかこの今の僕は冴えてるのではないか?

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