だい〝じゅうはち〟わ【上伊集院さんは怖い人?】
「新見さん、上伊集院さんってどういう感じ?」僕は訊いた。
「なんか怖かったです」と、新見さん。なんだかよく分からない。
「で、どう怖かったの?」さらに続けて訊いた。
「その、え、と、上級生じゃないからそういう意味では怖くはないんだけど、やっぱり少し怖くてなんか聞いたこともないような怖い話しをして『どう思うか?』って訊いてくるの」
なんだろう、この女子にとってはほとんど全ての他人が怖い?、のかなぁ………
「上伊集院さんって確か——」と徳大寺さんが切り出す。
「西郷隆盛のファンの人だよね」と僕が応じた。
「すると新選組VS薩摩ってわけね」と山口先輩。
なるほどそれじゃあシンパというか立場というか、そういうものが違うから話しは食い違っちゃっても不思議はない。歴女バトル勃発か?
「こうなったら、ものは勢いだから、いまから行くからねっ!」山口先輩が言い切った。
「って、それをやるには昼休みの時間があまり残っていないんじゃあ」と控えめに異論。山口先輩は不平そうな顔をしながらしかし何も言われなかった。
それに引っ掛かっていることがひとつあった。
「安達さんたちのことなんですが、」と切り出す。
「あぁ今川くんが断られた、あの」と山口先輩。多少なにか引っかかる言い方だが、まあいい。
「どうして安達さんたちは僕を断ったのに新見さんを誘ったんだろう? と。そこなんですが」
「さあ、どうしてでしょう?」と首をかしげて新見さん。
「新見さんって気が弱い方だよね?」と僕は訊いた。
「なななななんってことを言うの! 失礼でしょっ!」と、徳大寺さんにたしなめられる。新見さんは困ったような顔をして立ちすくんでいる。
「いや、ごめん。でも言いたい事はこう。同好会設立に必要なのは五人。そして僕がいなくても五人の人が集まってしまう」と切り出す。
「今川くん、改めてどうしたの? それ前に聞いたけど」と徳大寺さん。
「いや、五人のグループで主導権を獲るためには三人を固めることが必要になるって思わない? 過半数だし多数決で常に勝つし。安達さんはあと一人だ」
「多数派工作をしてるってこと?」と徳大寺さん。
「あり得るわね」と山口先輩。
僕ら三人全員〝あり得る〟で一致した。安達さんの後ろにくっついてきた女子は新見さん系の温和しそうな女子だった。こういう女子たちを支配して主導権を握ろうって腹である可能性は極めて高い。これが部活動の暗黒面で僕が他人と部活動したくない理由なんだよな。
歴史系は権謀術数系とかだったら嫌だなぁ。権謀術数な女の子ってなんかね。
だけど徳大寺さんを巻き込み、いま新見さんを味方につけた。そして僕と山口先輩。つまりあとひとり。上伊集院さんという女子を味方につけたら学校公認になるための最低人数五人が確保できる! あのふたり抜きで完成する‼
あれ? ってことは僕も権謀術数系?
いやいやいや、排除したんじゃない。排除されたんだから。
だけど——あとのひとりはどういう人なんだ?
「上伊集院さんも怖いって言ってたよね——?」僕は訊いていた。
「上伊集院さんが怖いって、怖い話しをするから怖いのよね? どういう話しをすれば人を怖がらせることができるってわけ?」山口先輩が僕の話しを継ぐように言った。
先輩……人を脅したいんですか?
「『ちぇすとーっ』とか言ってくるとかー」なーんて言ってる徳大寺さん。それ〝話し〟じゃないし、そんな脅し方する人いないし。と内心突っ込む僕。
「そんなのよく知ってるわね」と山口先輩。さらに続けて「あなたもこの会に入ってもわりと着いてこられるタイプじゃない?」
「いえそんな」と徳大寺さん。
「示現流VS天然理心流なんてことはないわよね」と山口先輩。
相変わらず守備範囲が広いと正直舌を巻く。
「なんだか訳の分からない話しになってるよ!」と自分で振っておいて徳大寺さん。
「違います。木刀とか刀じゃなくてあくまで口で喋る話しですよぉ!」と言ったのは新見さん。
新見さん、『知らない』なんて言ってたけど、わりと解ってるじゃないの。
「じゃあ話してみて」と山口先輩が新見さんに促す。
「え、と確か、『正道を踏み国をもってたおるるの精神無くば、外国交際はまったかるべからず』、とか言うの、でこれをどう思うか? って訊いてくるの」
「それって意味はどうなってんの?」思わず僕が訊いていた。
「えーとね、正しい道を選んで国ごとたおれても構わないという精神が無ければ外国との交渉なんてできないっていう意味らしいの」
僕は周囲の先生の中に苦い顔をしている人を見つけた。なるほど確かにこの手の話しは聞くに堪えないだろう。それは想像に難くない。前に新聞で見た記事だと『国を守るために戦うか?』という問いを日本人にしたところ『戦う』と答えたのはわずか十一パーセントだったよなあ。確かアンケート参加国の中で我が国日本は最低値だったのではあるまいか。台湾とはえらい違いだなぁ。
「それは西郷隆盛の言ったことばなの?」と再び僕は訊いた。
「どう思う? めちゃくちゃだよね。外交って外国の人たちと仲良くなるためにするんだよね?」と新見さんが言う。
「南雲さんはやらんだろうな」
突如意味不明のセリフを口走ったのは山口先輩だった。
「それどういう意味です?」と僕は尋ねる。
「おもしろい、って言ってるの」
「どこがです?」
「上伊集院さんも西郷隆盛も」
「……」山口先輩、まさかその〝十一パーセント〟の方の人? 女子なんですけど。
「だいたい考えてもみてよ。西郷隆盛なんてでっぷりと太った中年のおじさんじゃない? そんな人のファンっていうのが変わってておもしろいじゃない?」山口先輩は言い切った。何度も内心で突っ込みたくなるんですけど山口多聞さんって何歳だろ?
そして続けて山口先輩は——
「じゃ先生、上伊集院さんに今日の放課後に会いたいって呼び出し掛けて」と言っていた。
結論から言うとこれは空振りに終わった。僕達四人は集合したけど上伊集院さんは今日は予定があるみたいで断られてしまった。話しは明日につづくになってしまった。
「しょうがないわね、じゃ仕方なく解散」山口先輩が宣言した。
「でも、あっ、ちょっと待って。絶対に明日も集合だからね」山口先輩が付け加えた。念を押し忘れたといった感じで。それに各々が返事をする。
「四人も人間が集まる大所帯となると結束に気を遣うのは当然だから」と山口先輩は締めた。
『ぼっち』的には四人も立派な大所帯だ。その感覚は僕にも分かる。
こうして水曜日が終わっていく。
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