だい〝じゅうきゅう〟わ【西郷推しの美少女上伊集院吉乃さん】
木曜日、放課後、職員室。人数的にあと一人確保で新ルールクリア。あの安達さんの顔を見てみたいっ! っていうちょっとイジワルな僕もいる。いやっ断られたからと言ってこういう考えはいかん!
だけどあと一人だからこそ慎重に慎重に。時間を充分に取るために会談を放課後に設定した。先生たちからはうるさくなるからと言われてしまい職員室付帯施設の応接室をあてがわれてしまった僕たち。
参加者は、僕、徳大寺さん、山口先輩、そして新加入の新見さん。なんやかんや言いながら既に四人集まってしまったのだ。
上伊集院さんってどんな女子だろう? 西郷隆盛が好きって事はデブってたりするのかな? 国ごと倒れてもいいなんて言うんだから相当に物騒で怖い感じがするのかな?
そんなことをとめどもなく雑然と考えているうちに、
コンコン、とわざわざ部屋のドアをノックする音がした。
その音につられて僕が、
「どうぞっ」って言ってしまった。仕切ってるっぽいのは山口先輩なのに。
「失礼します」と声がしてドアが開く。あわてて思わず起立してしまう容姿の女子がそこにいた。
背が高い。僕よりも少し高いのかひょっとして。すっごい長い黒髪。長いだけじゃないっ! つっやつや‼ 『天使のリング(?)』が眩しいっ。その上美人っ! 美少女っ! 同じ学年にこんな女子がいたか? 単に僕が疎いだけか。
無意識に徳大寺さんを見てしまった。無意識に比較してしまい内心〝ごめん〟と謝る。
しかし……徳大寺さんも女子だけど『普通にカワイイ』はやはり普通だったのだ。僕は男のはずだがなにか非常に虚しい。僕がわりと冷静なのはきっと僕より少し背が高いせいだろう。
「初めまして、『南洲ノ会』をやってる上伊集院吉乃(かみいしゅういん・よしの)です」
「初めまして、『軍令部』やってる三年の山口まとめです」山口先輩、わざわざ〝さんねんの〟と宣言までしてセンパイを強調してる! 気だけは負けてない。っていうか張り合ってる? 背は負けてるが。
「初めまして……今川真です」
「今川くん! 自分の会の名前言わないと、美人だからって気後れしてるんじゃないのっ!」と徳大寺さんに発破をかけられる。ある意味ホッとする。やけにあっさりと『美人』だと認めてしまったな。実に徳大寺さんらしい。
「『戦国の敗北者を抱きしめる会』という会を主催している今川といいます」僕は徳大寺さんのアドバイスに従った。
「西郷さんも西南戦争で敗けていますから」と上伊集院さん。ム、わりと波長が合うのか?
「あのその、二回目ですけど『新選組』やってる新見にしきです——」と新見さんが続いた。
上伊集院さんはにこりと笑って、
「気にしてないから」と言った。ムむ、案外優しいのか?
上伊集院さんは徳大寺さんの方を見ている。あっそうか、成り行きでの参加だからなんの会も主催していないんだ。
「えー言ってないのわたしだけだけど、リストにわたしの名前が無いのはわたしがイレギュラー参加しているからで、あっ申し遅れましたけどわたし徳大寺聖子です」
上伊集院さんと初めて会話した徳大寺さんは実に気圧されているのか、いつもの話しのキレが無いような。
「とくだいじ?」しかし上伊集院さんは語尾が上がる疑問系のお返事。
「はい、そうですけど」と徳大寺さん。
「藤原北家の流れを汲むあの徳大寺の家の人ですか?」
「ほっけー?」
「ご先祖様は藤原氏ですか? って意味です」上伊集院さんは微笑みながら言った。
え? そうなの? 徳大寺さんって貴族の流れを汲んでるの? ぜんぜんそう見えないけど、と思ったら、
「いえそんな偉いもんじゃなくて前の前の前の昔、家の近くにそういう名前のお寺があったとかその程度の理由みたいですっ」と本人が否定していた。
みっともないくらいに狼狽している。どうも話しをするのに苦手な相手ってのはいるものらしい。
「もう座りましょうか」上伊集院さんは僕たちに声を掛けるように言った。
「ハイっ」っと徳大寺さんが良いお返事してしまった。それを合図にしたわけでもないけど僕たちは座る。美少女オーラが半端無いとはこのことか。その上優しかったりするとしたら最強じゃないか。
「あの『かみいじゅういん』じゃないんですね」徳大寺さんが言う。それでもチャレンジするとは素晴らしい。僕は……全面委任しよう。
「そう、濁らないんです。だから『かみいしゅういん』になります」
「あっ、すみません。さっきから部外者のわたしばっかりが話してて。仕切るのはわたしじゃないのに——」と言った徳大寺さんは、
「山口先輩、先輩が進めるんですよね」と山口先輩に話しを振った。
「そうね」と山口先輩。
「あなたが参加を決意してさえくれれば晴れて五人になるんだけど? 参加する? しない?」
素晴らしい単刀直入さだ。軍人とはかくあるべきだな。ま、軍人じゃないけど。
「その前に——」と上伊集院さんが口を開き、「なんのために合併なんてするんですか?」と言った。
どきっ! としてしまう僕。
「学校がルールを変えたからよ」と山口先輩。上伊集院さんは無言で山口先輩を見ている。
「言うことが無いのなら続けるけど、ルールを変えられた以上は私たちの肩書きなんて消されるしかないんだけどね」
さすがセンパイ、全面同意である。
「確かにそうですね」上伊集院さんもここには同意した様子。
「で、あなたのご返事は? 確か『正道を踏む』とかなんとか言ってたみたいだけど」
「それなら踏んできました」
「え?」
「先輩たちはやっていないのですか?」
がんっ! 意外な展開。僕や山口先輩は学校が変えたルールにただ従おうとしていた。確かにしていた。そうか上伊集院さん以外の会の人たちはいろいろと動いていたけどこの人だけの動きが無かったのはこういうことなんだ。
「それで結果はどうだったの?」山口先輩が問う。
「蹴られました」
「で、これからどうするの? 一回だけで止めるつもりなの?」
上伊集院さんはニッコリ笑って、
「いえ、三回ほどやりましたけどダメでした」と言った。あの山口先輩が翻弄されてる!
「じゃあ四回目はあるの?」
「さすがにこうなると何回繰り返しても無理そうですね」
「それじゃあ道はふたつしかないわよね。変更ルール通り合併にこぎ着けるか、学校の公式記録から消されるか」
「それは先輩の会に参加するかしないかを決めろと言う意味ですよね」
「そうよ」
上伊集院さんはみたび微笑んで
「よろしくお願いします、先輩」と言った。
あっさりしたものだな! これで五人揃っちゃったわけ? まあ徳大寺さんを巻き込んでの五人だけど、僕はなんら説得に加わってないが〝我が事成れり!〟だ。——だけどあっさりこれでは終わらなかった。
「その新しい会は本当に活動するんですか? 紙の上だけですか?」と上伊集院さんは訊いてきた。
山口先輩はムッとしたようになった。僕が『ペーパーの上だけ』とか言って即却下されてたっけ。
「本当に活躍します」
活躍ってなんだ?
「すると歴史を『ねた』にいろいろと喋り合うだけでは終わらないということですね」
ほらほら、『活動』を『活躍』なんて言うから。
「言っておきますけどまあ当面その喋り合う活動しかしないけどっ」と山口先輩。
あぁもうなにも言うことが無い……
「なるほどじゃあこんなお話しはどうです?」と上伊集院さん。「ここにいる皆さんにお聞きします。西洋は文明? それとも西洋は野蛮?」
これか! 新見さんが言ってたのは!
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