だい〝さんじゅうきゅう〟わ【新会長徳大寺聖子、会名発表をする】
放課後が来た。徳大寺さんになにげに言われてしまっていた。
「今川くん、行くよっ」って。さっそくにリーダー風?
「さすがは会長っ」
女子だらけの会に男子ひとり。女子の風下に立ちたくないなどと、いまさら考えるくらいなら最初から同好会五人ルールなどに従おうとしていない。
「本当に〝さすが〟かどうかはまだ分からないけどね……」と徳大寺さんは言った。
やっぱりどこか気が重そう。多少以上にナーバスになっているということだろうか。この会話、冗談の言い合いには発展することなく徳大寺さんは続けて真面目に訊いてきた。
「今川くん、ぜったい呆れないよね?」
そんなにヘンな名前をつけたのか? との思いが頭の中をよぎったが、
「もちろん」と同意した。もちろんこうした返事以外あり得ないからである。
そしていつもの応接室にたどり着きその扉を開け中に入ると、そこにいたのはしーずか……じゃない、安達さんと比企さんがいた。むしろ他の人がまだいない……
「来てくれたんだ?」徳大寺さんから声をかけた。
「ふたり並んで仲良く来たんだね」無表情で安達さんが言った。
「そりゃ、同じクラスだから。いっしょに来ても当たり前だよ」徳大寺さんが答える。
「ごちそうさま」
うっ、またしても。安達さんは今度はわずかに口元に笑みを浮かべて言っていた。
「わたしは別にあなたに食べ物を奢ってない」徳大寺さんは怒ったように返した。
僕との関係(?)を〝男子と女子の仲〟としてチャカされて腹を立てたよう。正直こういう攻撃が一番こたえる。本当に言うとおりの仲だったら反応は〝却ってニッコリ〟になるだろうからな。
「そんなことより——」と徳大寺さんは強引に話しを切り替えた。
「一番乗りなんてずいぶん気合い入ってるじゃない?」
らしくない挑発だなあ。
「この会の名前がなにになるのか気になって来ちゃっただけ」安達さんが返した。もはや応酬状態だ。
「ときに、ういのちゃ、いえ上伊集院さんに入れたのはなぜ?」徳大寺さんは問うた。
「あぁ気になるんだ? でも気にしないで。なんとなく上伊集院さんの方が会長に相応しいって思っただけだから」と安達さん。
あたかもういのちゃんを補佐役に指名したことを見切ったかのような行動。会長と会長補佐を分断してしまえば空中分解も時間の問題だ。
と、その時だった。
「おおっもう集まってたんだ」という声と同時に応接室に入ってきたのはまとめ先輩だった。この嫌な流れはここで取り敢えず断ち切られ正直ホッとする。そしてその後ほどなくして、
「わたしがビリじゃなくて良かった」と言いながらういのちゃんがやって来た。そして、
「わたしが最後になっちゃったの?」ラストはにーにーちゃん。
かくして参加メンバーは全員揃った。
「じゃあ全員集合ということで徳大寺さん、会長就任の挨拶、お願いね」さっそくにまとめ先輩が徳大寺さんに話しを振った。
徳大寺さんはまず居住まいを正し、
「まず会長としてやるべきことは、登録書類を仕上げ、速やかに提出することです!」と言った。
「そこで、僭越ながら新同好会の会名をこのようにしたいと思います!」そう言うと制服のポケットから紙を取り出し広げ始めた。A4のコピー用紙のようだ。
その紙をわざわざ僕たちの方へと展開し、
「『天才貴公子聖徳太子・の会』としました!」と宣言した! でっかい文字で手書きで書いてある。
てんさいきこうし、天才貴公子?
〝これは……〟ていう感じでささやきが広がっていく。いきなり会名が決まるって知っていたのは、言い出したまとめ先輩とそれを教えてもらった僕だけなのか?
それに加えてこの名前……、僕の会の名前と似た臭いがする。こう来るのなら『今川くんよりは少しマシ』と言うワケだ。わざわざ『・』(テン)を入れているのはなにかのこだわりか?
「意見、質問等あれば聞きましょう!」徳大寺さんが言った。
徳大寺さんが言い終わるやさっそく安達さんが手を挙げた。
「いろいろツッコミどころがありすぎる名前だけど、わたし達はこの会の名前で記録に残ってしまうわけ?」と安達さんが詰問調で質問した。
「そうです!」あまりに悪びれずに徳大寺さんが言い切った。
『戦国の敗北者を抱きしめる会』で記録に残ろうとしていた僕にとっては大した問題じゃないな。
「『聖徳太子』を選ぶあたりある意味かなりセンシティブなネタを持ってきたとしか思えないけど、そもそもどうして『聖徳太子』なの?」
徳大寺さんはすっと呼吸を整え言った。
「わたしの名前は徳大寺聖子です」
「はい?」
「アナグラムって知ってます? 使ってる文字を並び替えるちょっとしたお遊びです。『徳大寺聖子』と『聖徳太子』ってちょっと似てるなって思って」
「ふざけてるの?」
「ふざけてません。わたしが会長だからです」
これは、会長権限のアピールのための名前なのか?
「だいたい『大』の字と『太』の字は違う字だし、それに『寺』はどこへ消えたの?」
「似てればいいんです。それに聖徳太子と言ったら法隆寺とか、『お寺』だから。寺の字もまったく関係無いなんてことはないんです」
なんというスゴイ理屈。もう徳大寺さんと安達さんで一対一の対決になってしまって僕を含め他五人は単なるギャラリーとなっていた。
「そんな私的な理由だなんて」と安達さんが新会長の独断専横(?)を咎めるような口上を述べた。これは良くない流れだ。
「いいえ。戦国時代でもなく、幕末でもなく、鎌倉時代でもなく、昭和時代でもない、皆さんがテリトリーとしていない時代を敢えて選んだということです!」
「だったら南北朝時代でも平安時代でも良かったじゃない」
「もちろんそれでもいいんです。わたしも最初は『安倍晴明』さんを考えたんですけど、陰陽師の名前を使うと歴史系と言うよりはオカルト研究会っぽくなるって思って」
「……」
「南北朝時代の名前を使わなかったのは簡単です。わたしがよく解らないからです。そしてやっぱり歴女系って〝人にファンがつく〟。だから個人名がハッキリしない古墳時代以前は除外です。すると残っているのは奈良時代と飛鳥時代くらい」
「そこで最後はわたしの好み。わたしの名前が『徳大寺聖子』なので『聖徳太子』の飛鳥時代を選びました!」
「ひとつあなたに訊きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「『天才貴公子』なんていう枕詞、これをくっつけてるってことは〝ある種の学説〟を堂々否定してるっていうことなんだけど。これ、自覚があってやっているの? それとも無自覚でやっているの?」
徳大寺さんに〝歴史講義〟をさせる気か?
「自覚はもちろんありますよ。あってやっているんです」
「面白いわね。『聖徳太子いないネタ』を真っ向から否定してくるなんて。で、なぜあなたはそう考えたの?」
「生まれが良くて天才ってカッコイイって思わない?」と徳大寺さん。かなり真顔である。
合格です。歴女的に大合格です徳大寺さんっ。会長っぽいです。しかしこれじゃあ安達さんには無理だろうとは思う。
『聖徳太子はいない』と主張するグループが或る時代から幅をきかせるようになり歴史教科書にも影響を与えた。その後それと反対の主張をするグループが巻き返しに討って出た。さて、今はどちらの勢力が優勢か?
この手の論戦を徳大寺さんがやるのか……。いや、できるのか?
そもそもみんなこーいうノリじゃなかったはずだよね? この流れを想像していた人はいないんじゃないか、僕だってそうだ。これじゃあ『歴女の会』と言うよりは『歴史研究会』だよ。
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