だい〝さんじゅうはち〟わ【主人公今川真と徳大寺聖子の憂鬱】
安達さんは「カズホ行くよっ」といつもの相棒のみに声を掛け、応接室を出て行ってしまう。
『カズポ』にはなってない。ひょっとしたらもうあの安達さんって女子はここには来ないかもしれない——いや、これは願望か。
さっきの真剣(文字通りの刀の真剣)味さえ感じさせる剣幕からして、温和しくペーパー会員で収まってくれるとも思えない。
みんなの安達さんに対する心証はかなり悪くなったろう。僕は応接室で安達さんとサシで会談(?)した。既に彼女の思考を知ってしまっている身だ。この上さらにみんながこれを知ればどう思うだろう?
いよいよ安達さんを排除するとかしないとか話しがそういうところに行きかねない。もし非公認の同好会でヨシとするなら、排除の論理を働かせてしまうに違いない。
その時僕の判断は? 小早川秀秋じゃないが日和見は許されないだろうな。
僕たちもさすがにいつまでもここにいられない。そろそろ教室に戻らなければ。
「また放課後」とみんなに一時の別れの挨拶を交わし徳大寺さんと並んで歩く。
応接室から少しだけ距離を歩いた。その時だ。
「今川くん、ありがとね」徳大寺さんが〝僕が思ってもいなかったこと〟を口にした。
「え」と言ったきりそれ以上対応ができない。
「いや、さっきかばってくれたでしょ? そのお礼」
「うん……、嫌なことに巻き込んじゃったね……」お礼を言われても率直に喜べない。
「本当に怖かった。なんか人にあれほど睨まれるなんて生まれて初めて経験したような気がする」
ふいに徳大寺さんが辞めてしまうのでは? と、急激な不穏が浮かび上がってきた。徳大寺さんはもう僕が他の女子たちと馴染むきっかけを造ってくれて、徳大寺さんが今辞めても残った人数は元々の6人で、それで学校公認にはなるのだ。
『もうこれくらいでいいよね』、次の徳大寺さんのことばがそうなるんじゃないかと。
「申し訳ない、です……」と曖昧で無難なことばしか出せなかった。
「ね、あの安達さんと比企さんって来ると思う?」徳大寺さんが訊いてきた。
どうもこれは『しーずかちゃん』や『カズポちゃん』になるふいん、いや、雰囲気が無い。
まあ……本人たちもその呼ばれ方あまり気に入ってないみたいだし。
「来続けるような気がする」そう控え目に言った。
動機は『この会』をぶっ壊すためなのかな。
「やっぱり今川くんはなにかしら根拠が解るんだね」徳大寺さんが言った。
それを訊かれて僅かに僕の歩速が遅くなってしまった。徳大寺さんが先頭になった。
「比企さんが『わたし達も入れてください』ってひとりで頼みに来たよね、これどういう意味だろう?」徳大寺さんの声が前の方から尋ねてきた。
ああ、そう言えば、とすっかり忘れていたことを思い出した。僕は徳大寺さんに追いつき言った。
「『自分だけ入れてください』とは言いにくいからじゃない?」
「これって比企さんのSOSなのかな?」
「SOS?」
「ここでグループに入れればいままでのたったふたりの人間関係をリセットできるからね」と徳大寺さんは一旦結論するも、しかしそれはすぐ疑問系に変化し、
「——あれ、でもSOS説だと『入れてください』って比企さんがわたし達に頼んだのは安達さんから見て一種の裏切りになるしかないけど……」と自分で打ち消した。
「あるいは安達さんが自分の口から『入れてくれ』とは言いにくかったので人に言わせた……とか」と僕は言った。
「重いなあ……」徳大寺さんがつぶやいた。
「そうだよね、安達さんを受け入れないということは比企さんを見捨てるという意味になるかと思うと……」
「ほぅ、今川くんは女子に優しいね」
「いっ……」
しかし〝比企さんのお願い〟のことをすっかり忘れていた僕がそこまで優しいかどうか。むしろ覚えていて『SOS』を思いつく徳大寺さんの方が。しかしこの際否定も肯定も選びにくい。
「今川くんの方が会長良かったんじゃないのかぁ」
その徳大寺さんのセリフには心臓が凍った!
「あのっ、もしかして辞めたりすること考えていたりする?」
「はぃ? どうして?」
「『重い』とか言ってたし、会長、やりたくないような感じがしたから」
「ああ、ほら同好会の登録書類、あれ『会の名前』書かなきゃならないでしょ?」
「言われれば、そうだよね」
「言われなくてもそうだけどね。で。その会の名前、わたしが決めるようにってまとめ先輩が」
「そんなこと言ったの⁉」
「わたしは『みんなで』、と言ったんだけどね、『会長が決めるべき』で押し通されちゃって」
まとめ先輩、他人を会長にしておいて会長になるであろう人の意見をぜんぜん尊重してないぞ!
「じゃあもう決めてるの?」
「まぁ……」
決めてるんだ!
徳大寺さん、いったい新生同好会になんと名付けるんだろう? 確実に『戦国の敗北者を抱きしめる会』じゃないだろうしなぁ。
「『会』の名前、なんて名前にするの?」と僕は率直すぎるほどに訊いた。
「聞けばドン引く名前」
「どんな?」
「今川くんの会名よりは少しいいかも」
「……」
ま、教えてはくれないらしい。
「——だったら温和しめの名前にしたらいいのに」と気を取り直し僕は言った。
「まとめ先輩がね、いかにも『歴女』っぽくとか言うから」
「まとめ先輩は会名知ってるの?」
「知らない。だけどまとめ先輩はいいんだよ。自分で注文したとおりなんだから。問題は安達さんたちだから」
「どういうこと?」
「会の名前とさ、あとなぜそういう名前にしたかを発表させられるんだよね。みんなは笑って受け入れてくれそうだけど、安達さんはきっとごちゃごちゃ言いそうだし」
そう言って〝はあ〟、と徳大寺さんはため息をついた。そして改めて——
「わたしなんて歴史クラブに巻き込まれただけなのに歴女的素養があるかどうか試されてしまうんだけど」とことばを足した。
〝重い〟とはこういうことだったのか……実に徳大寺さんっぽい。
だけど自分としては……
それまで居心地のいい集団だったのに、変なのが入ってきただけで雰囲気が一変。その集団から一刻も早く抜けたくなる、ってのは決して珍しい事じゃないと思う————
僕は徳大寺さんにもう一回〝お礼を言われるようなこと〟ができるだろうか————?
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