だい〝にじゅういち〟わ【かえり道の雑談】
帰り道、僕は今徳大寺さんと並んで歩いている。
「わたしさぁ実はわたし以外の四人について知らないことばかりなんだ」徳大寺さんはそんなことを言い始めた。四人とな?
僕、山口先輩、新見さん、そして上伊集院さんか。
「それはどういう意味?」僕は訊いた。
この〝僕〟についてはけっこう知っていてくれてると思ったんだけど。
「いや、不思議なコたちばかりというのか……」
あぁ、そっち方面か。ウン、確実に僕もその人数に入ってる。実に率直な感想だ。僕は『コ』ではないと思うが。
そう思った僕は気づいた。徳大寺さんもほぼ同時に気づいたようだ。僕たちの先を歩いているのは新見さんだ。誰がどの辺に住んでいてどこから通っているかなんてもちろん知らない。
知らぬ間に知っている女子の後を歩いているというこの背徳感。とは言え隣りを歩く徳大寺さんの家もどこにあるのか知らないんだけど。知っているのは次の角まで。
その時その角を新見さんが曲がっていくのが見えた。
「わたしと同じ方向だ」徳大寺さんが言った。「袖触れ合うも多生の縁だね。じゃ今川くんまた明日ね」と突然言われ置いてけぼりを食う。
なんとも言いようがない。
=======【徳大寺聖子×新見にしき@かえり道で雑談中】=======
「おーい、新見さーん」徳大寺聖子のその声に新見にしきがびくっと振り返る。
「帰り道同じなら途中まででもいっしょに帰ろうよ」とさらに続けて言った。
「ねえそんなにオドオドしてないで。ことばは悪いけどただ着いてきているだけのコじゃダメだよ」とまたさらに徳大寺聖子がことばを追加した。
「新見さん、なんだか元気が無いみたいだけど」とまたまた追加。
「たぶん元気があるなんて日常、無いような予感がするよ」ともひとつ追加。
「やっぱり……そういうの分かりますよね」と、ようやくここで新見にしきが言葉を口に乗せた。
「〝やっぱり〟のひと言がヒヤリものだよ。でも新見さんが元気が無いのは見れば分かるだけだからね」と徳大寺聖子。
「〝集団〟ってのに入ってないと悲しいような、でも入っているとなじめないような、そんな感じなので……」
「なんだか今川くんのサッカー部の話しみたい」
「え? 今川さん?」
「いやいや今川くんのいないところで勝手に話すってのもね。それなら今度今川くんのいるところで話そうっ」
「でも徳大寺さんとは話しが合いそうで良かった」
「え? 話し合うの? 合ってくれるの?」
「うん。徳大寺さんって面白いよね」
「まあーつまらないよりは良いかな。だけど他のコ達も面白くない?」
「でも山口先輩は上級生だから怖そうだし、さっき言ってた今川くんはおもしろい話しをしてくれるけど男子だし」
「たしか上伊集院さんも怖いって言ってたよね。その意味なんとなく分かったけど」
「そう、なにかを聞かれるたびに人間を試されているみたいで」
「確かにそれ鋭いね」
「ねえ徳大寺さん、今日の『西洋は文明か野蛮か』ってどう思った?」
「そうね……あの問いに曲がりなりにも意見表明したのは山口先輩と今川くんだけだよね。わたし答えてなかったね」
「うん……」
「そうかぁわたし達上伊集院さんに答えを求められなかった者同士だね」
「そうだよね。なんで訊かれなかったんだろ、とか考えちゃうし」
「確かに一度気にし始めると気になるけど、でも新見さんもそうだし。シンパシーを持たれるってのは嬉しいよね」
「なんか徳大寺さんって安心して喋れる」
「そう? じゃあ何でも訊いてよ」
「じゃあさっきの話しなんだけど」
「『西洋は文明か野蛮か』って話し?」
「うん。教科書なんかでは『文明開化』って言うよね? これって明治になって西洋からいろんなものを輸入してきて文明が花開いたっていう意味だよね?」
「教科書ではそうね」
「だからさ、わたし『西洋は文明です』って思っていたんだよね。上伊集院さんに指名されてたら確実にそれを声に出して言ってたよ。でも上伊集院さんの説明を聞くと確かに文明ってなんだろうってなるんだよね。なのにわたし単純に『西洋は文明です』って言っちゃいかねなかったんだよ。他の人たちはそんな答えなんてしないのに……」
「あぁ、あれはね。ほら山口先輩は日本海軍のファンだから。きっとアメリカとか相対化するのに慣れてんじゃないのかな? 今川くんはさ、ほら『戦国の敗北者を抱きしめる会』なんて会を造っているから敗けた側の言い分もあるさ的に眺めているからああ言えたんじゃないかな。ただでさえひねくれてるし。それにほら、このふたりだって『西洋は野蛮だ』って断言はできなかったわけだし、気に病むこともないんじゃないかな〜」
「ありがとう。わたしぜんぜんっ深く考えていないけど徳大寺さんといっしょなら安心できる」
「……」
(理屈はさ、どうなってんのか分からなかったけどあの場合『西洋は文明です』っていう答えだけは無いことはカンで分かっていたわたし! しかし今さら『わたしはあなたとは違うんですーっ‼』なんてこのコに向かって言えない)徳大寺聖子はそんなことを考えながら歩いていた。
そのうちにとある交差点。ここでふたりはいっときのお別れ。
「じゃあ徳大寺さんまた明日」
「また明日ね」
こうして木曜日が終わっていく。
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