だい〝よんじゅうご〟わ【女信長・安達閑夏】
応接室の中、みんなの視線は僕に集中したまま。
おもむろに僕が口を開く。
「ここでさ、安達さんとなにを話したのかってことなんだけど……」
『ここ』とはもちろんいま僕たちがいる応接室だ。
「あれはほとんどなにも言わずにしーずかちゃんの話しを聞いてただけ」
キホンこれだけ。正真正銘これだけ。だけどこれだけで納得は得られないだろう。
「しーずかちゃん?」と徳大寺さん。怪訝そうな声を隠してもいません。
「いやっ、そう呼ぶって言ってましたよね? まとめ先輩が」
「いったいどういう風の吹き回し?」
「重い話しを少しでも軽くってね」
「黙って話しを聞いていて、たったそれだけで説得できるわけないから」
早くも〝不納得〟と言われている。
「細かく言えば、相づちを打っていた」
「どんなふうに?」
「『そんとおりぜよ』かな」
「ってまた土佐弁なの?」
「まあ、なんというかね」
「それでたったそれだけで説得したの?」
「たったそれだけって、まぁ強いて言うなら心底感心したように相づちを打ったとか」
「感心してないのにフリをしたってこと?」
遂にその時が来てしまった。『フリをしていた』って言うことを期待されてる。自惚れかもしれないけど僕がそう言ってくれることを(たぶん)。
だけど——
「いや、フリは無い」
嘘は言えなかった。
「そうなの⁉」
「徳大寺さんは優しいのが良いところじゃき。けんど、しーずかちゃんにも良いところはある。徳大寺さんとはまったく別の意味でようけおもろい人ぜよ」
「どうおもしろいの?」
「そりゃ歴史上の人物に例えるなら——」
「たとえるなら」「たとえるなら?」徳大寺さんと、なぜかまとめ先輩までもが合わせて二重奏。
「いや、本人にバレるとマズイけんど……」と僕は口を濁す。
「ハッキリ言いなさいっ。黙ってるから!」と徳大寺さん。
「誰に似てるのか気になりますっ」にーにーちゃんまで徳大寺さんに援護射撃。
「絶対に本人に言わないよね? 絶対口外無用で」と念を押す。
「わたしを信じなさい!」徳大寺さんからのスゴイ言われよう。
「織田信長」僕はそう言った。
「え? 信長?」徳大寺さんが問い返してきた。
「しーずかちゃん女子だけど?」にーにーちゃんも疑問系で続いた。
「確か本人『織田信長なんかより北条時宗』って言ってたと思うけど」さらに徳大寺さんは付け加えた。よく覚えてらっしゃる。
「そりゃあくまで本人の好みで、僕のイメージじゃない」
「じゃ、今川くんにとっての信長のイメージってどんなの?」徳大寺さんはキツ目に問うてきた。その上さらに追加で言われてしまった。「『桶狭間』なんて間違っても言わないようにね」と。
僕が〝今川〟だからってそれはない。
でもこれはつまらないボケはできないな。
「人間を極端な合理主義で見ているところ」率直に正直に言った。
だが僕にはもはやその『正直な吐露』の結果、話しがどこへ飛んでいくのか想像もつかない。
「いったい安達さんは今川くんになにを言ったの?」
「『歴史好き』をバカにされた」
「バカにしたの?」
僕はうなづく。
「わたしは歴史好きというよりは歴史好きの人たちにつき合っているだけの人だけど、なんか腹立たしいことを言ってるよね」
「いや、直接『バカ』と言われたわけじゃないけど」
「具体的にはどうバカにしたの?」
ダメだ。話し聞いとらんき。
「今川くんっ」、徳大寺さんに言うように督促される。
「え〜と、元親さま〜、とか土方さーんとかいうのがバカっぽいと」
「それって長宗我部元親さんや土方歳三さんをディスってるってことっ?」にーにーちゃんが問うてくる。そこは新選組ファン、語調に少し怒りが感じられる。
「いや、別にそのふたりが気にくわないとかじゃないみたいだ」
「じゃあなに?」珍しいにーにーちゃんの詰問調が続いていく。
「歴史上の人物をアイドルの代わりにしてるのが軽薄だとか、そういう感じかな」
「それに相づちを打ったの?」徳大寺さんは訊いた。
「まぁ打っといた」
「呆れるわね。もうこの『会』の全否定じゃない」
徳大寺さんは最初、加わるつもりもなく参加していたと思うけど、もうかなり入れ込んでいてくれるみたいだ。いま僕は腹を立てられちゅうまっ最中じゃが、これはありがたいことだ。
「ところがそうでもない。歴史に詳しくなることは否定していない」
「じゃあどう肯定したの?」
僕は迷う。
「どんなとんでもないこと言ったの?」さらに急かされる。ここまで言ってしまったんだ、今さらしょうがない。もう後には引けない——
「歴史は道具だと、そう言った」と僕は口に出した。
徳大寺さんは即座になにかピンときたらしい。
「テストに役に立つとか立たないとかそういうくだらないことでしょう?」
「いや、そんなのだったら信長を連想しない」
「テストで良い点を獲るのが目的じゃないのなら、その『道具』はどういう風に使う道具なわけ?」
「凶器」
「きょうき?」
「拳銃とかナイフとかそういう意味の凶器」
「凶器って人を殺すために使う物でしょ? それが歴史だっていうの?」
僕はたぶん少し驚いたような顔をしたはずだ。
「徳大寺さんってカンが良いよね」などと言っていた。
「誰を殺すつもりなの? 安達さんは」
「別にしーずかちゃんが殺すわけじゃないき」
徳大寺さんは益々怪しむといった調子で訊いてきた——
「じゃあ言い方変えるけど、歴史という道具は誰を殺すの?」
「外国と外国人」
自分でも驚くほどあっさり言ってしまった。徳大寺さんは眩暈を感じてるよう。
「ど、どういう意味?」
「それは新聞でも読むかテレビの海外ニュースでも見ればピンと来るでしょ?」
「具体的に安達さんはなんと言ったの?」徳大寺さんに問い詰められる。
「日本は『歴史』で外国と外国人に殺されている、と」
「……」
「歴史とはそういう風に使う道具なら、その便利な道具をわたし達がそう使っても良かろう、と、そう言ったんだけど」
「それに相づちを打った?」
「そんとおりぜよ」って言った。
徳大寺さんはしばらく黙りこくり、にーにーちゃんもまとめ先輩すらも無言のまま。
「ある意味今川くんの人物評は的確だね」
「そうかな?」
「『歴史を道具として使う』、これって間違いなく織田信長だね」
「え? 徳大寺さんもそう思う?」
「そんなリアル織田信長みたいな人を混ぜて大丈夫なの?」徳大寺さんは言った。
「それがしは律儀者ゆえ」
「なにそれ?」
「徳川家康のつもり」
「今川くんは戦国の敗北者を抱きしめるんじゃなかったの?」
「……最終的には敗北者じゃないけどその途中経過では家康さんもそうとう織田信長に煮え湯を飲まされた敗北者みたいということで」
「煮え湯を飲むつもりなの?」
「でもみんなしーずかちゃんを排除するつもりなんて無いし、しーずかちゃん本人だってこの会に入りたがっていたじゃないか」
「それは〝入れてあげない〟ってのは問題だけど……そんなに入りたがっていたっけ?」
「なんやかんや言いながら結局来てくれたよね。呼び出し掛けてたとき」
「そりゃそうだけど」
「一番不自然だったのは比企さんが隙を見てこの応接室に来たアレだよね。あの時しーずかちゃんは怒っていた様子だったけど結局比企さんは非道い目に遭わされていないみたいだし」
「入りたいなら自分の口で『入りたい』って言えばいいじゃない」
「まぁそれができない人なんじゃないの?」
「そんなことができない人がどうして入れたの?」
「僕が誘ったから」
「はい?」
「そりゃ、しーずかちゃんが『どうしても入って欲しいなら入ってあげる』って言うから」
「まさか言ったの?」
「あぁ、言ったよ『どうしても入って欲しい』って」
「呆れた」
徳大寺さんの口から出たことばとその表情が完全に一致していた。そして少しイジワルな質問をされた。
「で、彼女はなんて答えたの?」
「『じゃあ仕方ないから入ってあげる』だった」
「そんなこと言われたの?」
徳大寺さんの表情の言わんとするところは『プライドは無いの?(たぶん)』だ。
「安達さんの考え方でこの会を活動させちゃったらいったいどうなるの?」徳大寺さんが訊いてきた。
ここについては〝なるほど〟としか思えない。
「大っぴらにそんなことを公言されたら先生にだってなに言われるか分からないけど——」と、僕が喋りかけている最中に、
「ならどうし——」と徳大寺さんが遮りをかける。その遮りをまた遮り、
「——だけど排除するの?」と僕は言った。
徳大寺さんは黙ってしまう。
「いや別に徳大寺さんを責めていないよ。僕だって比企さんだけ引き抜けば人数は確保できるなんて言っちゃったし」
「……」
「だけどこういう事は言えるよ。『多様な価値観を認める』とか『異なる価値観を排除しない』とかいう考え方は『正しい」で通っている」
「一般論では『正しい』で通るでしょうけど……」
「いいや『正しい』で通さにゃいかんぜよ」
だけど徳大寺さんからは賛意も反対も示されず、
「これって〝学校公認にするため〟なの?」と訊かれてしまう。
「確かに最初は学校公認にこだわって、それでどうしても人数を集めなきゃとは思っていたけど、なんだか話しを聞いているうちにそれだけじゃなくなってきたというのか」
「それだけじゃない?」
「『歴史は道具』って、否定できなくない? ま、多少問題は感じるけど」僕は答えた。
徳大寺さんは口を半開きにしたまま。
なんか応接室に気まずい沈黙が横たわる。けど僕は嘘はつけないんだよな。
「なるほど」と言い出したのはまとめ先輩だった。
みんなが一斉にまとめ先輩を見る。
「そういうつもりなら安達さん、いえ、しーずかちゃんにはこの会に危害を加える意図は無いとは言えるわね」
「外国と外国人にやり返すって、思いっきりトラブルには巻き込まれそうですけど」と徳大寺さん。
「これって……攘夷?」にーにーちゃんのつぶやきを僕の耳が拾った。
「そうです。『攘夷』です」これにういのちゃんが続いた。
幕府側と倒幕側に分かれているとはいえ幕末を守備範囲としているご両人。間も置かず反応していた。
『攘夷』、または『尊皇攘夷』。略して『尊攘』。
インターネットもSNSも無い時代に若者の流行語となったことば。発信源はなぜか〝徳川〟そのものである水戸藩。
『徳川幕府は理不尽な外国に手ぬるく、日本を任せるに値せず。この危機を打開するためには天皇を中心として国を一つにまとめ上げ外国を打ち払うべし!』といった主張。
そして攘夷の実践といったら長州——
となるとこれは……
リアル松下村塾⁉
————これはこれで熱いな! そう思ってしまう僕がいた。塾生、おんなのこばかりだけど。
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