だい〝よんじゅうろく〟わ【〝良心的人間〟からの宣戦布告】
コンコン。唐突に応接室のドアがノックされた。たまたま一番ドア近くにいた徳大寺さんが応接室のドアを開ける。そこに変なのがいた。僕と目が合っている。
「あれぇ? 男子?」と見知らぬ男子が間の抜けた声を出してきた。上履きの色が目に入る。コイツ、下級生だ。さらに続けて、
「ここ、新しくできた『歴女の会』の暫定部室だって聞いたけど」
「男子もひとりいるんだよな」徳大寺さんがなにか言う前に僕が言っていた。にーにーちゃんに『今川さんって男の人だったんですか』と言われたことを思い出す。これもそのクチか?
「別に男子禁制じゃないから入部できますよ」と徳大寺さんが会長らしいことを言った。
「違いますよ僕は。それよりここ合併して新しくできた同好会で間違いないんですね?」
「それは間違いありませんけど」と徳大寺さん。
「入部も希望しないのになんの用事だ?」と僕が言っていた。
「ここ、現生徒会副会長の中間さんに目をつけられています」と謎の男子は言った。
「は? どういうこと?」
「そう言われても事実ですから」
「僕らは勝手にキテレツで変人な部活動を立ち上げたわけじゃない。学校に言われて元々四つだったのをひとつにまとめただけだ」僕はその得体の知れない男子を睨む。「だいたい、お前は誰なんだ?」とさらに続けざまに訊いてやった。下級生相手だと言葉が荒くなってしまうな。
「あっ、そうだった。すみません、名乗るのが遅れて。僕、生徒会書記の小早川です」
「小早川?」と徳大寺さん。
全国の小早川さんには申し訳ないが小早川秀秋が思い浮かぶぞ。毛利両川の隆景なんて知ってるのはマニアだけだろ。
「生徒会が弱小文化部に理不尽な圧力を加えるなんて、〝いかにもなこと〟やりたいのか?」僕は言った。
「生徒会は関係がありません。生徒会副会長の個人的意向、即ち私怨です」
はっきり言うことかソレ!
「だったら止めてくれよ」僕は言った。
「う〜ん、私怨は感情だから難しいかな」
「なんで造ったばかりの同好会がさっそく恨まれてんだ? なにもしてねーだろ」
「ディベートっていう授業があるでしょう?」
「ああ、あるな。議論する能力を高めるって名目でな」
「だけどあれは行くところまで行くと争いになる。つまり憎しみを生む」
「そんなこと言ってるから日本人は議論でいっつも負けてるんじゃねえの?」
「まあその話しは取り敢えず脇で。それで副会長が或る人物にディベートで負けた、と。そしてここからが悪い。その日のディベートは不幸にも本人の指向とほぼ一致していました。そのせいで憎しみもひとしおというわけで」
「つまりその日のディベートのテーマ、『歴史』なの?」、今度は徳大寺さんが訊いた。
「ご明察です先輩」と女子にだけは如才なく応対する下級生男子。そしてさらにぺらぺらと続ける。
「その相手はある意味狂気の持ち主で『歴史は凶器として使う道具——』」
「安達閑夏さん」僕は先回りして言ってしまっていた。
意表を突かれたのかあっけにとられた様子の一年・生徒会書記男子。
「知ってて加えたんですか?」
「知っていようがいまいが加えるつもりだったぜよ。今さら追い出すなんてなおあり得んき」となぜかまた土佐弁。
「呆れましたね」と書記の小早川が言う。
「彼女の言うことは常軌を逸してますから、たとえ中間副会長の動機が私怨であっても、その私怨を持つ人間の方が『良心的人間』に見えてしまう。故にあなた方の方が分が悪くなっていくとは考えないんですか?」
「ディベートで負けたんじゃなかったっけ?」
「論理じゃない戦い方もあるわけで」
「要するに手段を選ばず攻めてくるというわけかい? そいで、おまんは味方か? 敵か?」
「人聞きが悪いなあ。僕はあなた方に理不尽が降りかかることを事前に知らせているだけですよ。知っていれば対処の方法もあるでしょう?」
「なんとなくお礼を言いたくないような気がするな」と僕は言った。実に小早川秀秋っぽい。どっちについているのかよく分からん奴だ。
「それは構いません。僕はあらかじめ知らせておいた方が良いと考えただけですから、これにて僕の用事は終わりです先輩方」
そう言って一年生徒会書記小早川はお辞儀した。お辞儀をされてもな、慇懃無礼という感じしかしない。お辞儀が終わると読めない表情をしたままとっとと応接室から姿を消してしまった。
なんじゃあ? アイツは。
『全員参加』でやっとのことたどり着いたのがこの場所だ。今さら一人でも排除したら空中分解ぜよ。だいいちこの会がなぜ外部から干渉を受けにゃいかんのかい!
この時、正に今、僕は沸々と心の中に湧き上がってくるなにかを意識し始めた——のだが、一番風当たりの強いポジションに立っている人は別の感情に支配されるらしい。
徳大寺さんの方は、いまどこにいるのかさえ忘れているよう。
「なにやら妙なことになってきたよね、会長」と僕は極力平静を装い、言った。
僕の中ではまたぞろだ。ひょっとしたらひょっとして、まさか徳大寺さん辞めるなんて言い出さないよな……
「えっ? わたし?」と明らかにワンテンポ遅れて徳大寺さんが反応した。
「あのっ徳大寺さんっ、この会辞めたり潰しちゃったりしないよね⁉」真っ先にその危惧を口にしたのはにーにーちゃんだった。
「大丈夫! おいが支えると! そん誓いはわすれもはん!」とういのちゃん。
「向こうが攻撃してくるなら必ずや空母は道連れにする!」とまとめ先輩。空母なんてどこからやって来るんです?
このお二方の戦意は旺盛のよう。ある意味フツーじゃないから。そしてあっという間に出遅れた僕。タイミングを外すとバカなことは言いにくい。
「一応僕も数の中に入れといて」
「あっ、うん。ありがと……」と徳大寺さん。なんとも上の空な反応。
もしかしてバカなこと言ったか?
徳大寺さんはたぶんその〝しーずかちゃん〟とうまく付き合っていけるのかという思案の最中だったろうに、突然現れた小早川とかいうヤツの言い草ときたらどうだ。あれは脅迫宣言であり脅迫予告だ。
〝人から恨まれている〟と言われて心中穏やかでいられる人がいるだろうか。
なんにもやってないのにいきなり『安政の大獄』かよ!
「でも、いったいどうしたら……」と、ようやく口をきけたといった感じの徳大寺さん。やはり案の定といった感じだ。
ここで考えられる選択肢は三つ。『無視する』『闘う』『要求を容れる』だ。
ターゲットはしーずかちゃんこと安達閑夏さん。この人を排除すれば恨まれないらしい。これが『要求を容れる』。
だがこの選択肢はういのちゃん絡みで〝存在しない選択肢〟となっている。
すると選べる選択肢は二つ。『無視する』か『闘う』か。
一見無難に見えるのが『無視する』だが同時にコレは〝一切の反撃をしない〟という意味でもある。すると攻撃はエスカレート、超長期化する可能性極めて大。
それと比べ、比較的短期に問題を解決しようと思ったら『闘う』だ。が、しーずかちゃんのために闘うには〝なんとしても護りたい!〟という感情が必要になるのだが——いまいち希薄だよなあ……
それにどう闘うか? というやり方については今は見当がつかない。
「これは世の中にはよくあることなんだよ!」にーにーちゃんが内側にこもった思いを爆発させるようにことばを解き放った。
「あの?」と不思議な返事の徳大寺さん。
「きっと『歴史観』なんだよ! 新選組対新政府軍だから!」
「え?」と、徳大寺さん。
僕もこれはいったいどういう話し? という感じ。
「えーと、つまり別に東京都西部とか福島県とか山口県とか鹿児島県の関係者じゃなくても、どちらを贔屓するかってのはあると思うの!」
「贔屓?」と徳大寺さんがおうむ返しに問い返した。
「つまりその、もしその副会長と安達さんがなんか戦い始めたら、わたし達はどっちを贔屓するんだろう?」
「だけどそんなに鷹揚な話しじゃなかったような……」徳大寺さんが言った。
「あっ、贔屓ってのはわたしがゆるいことを言っているだけで本当は『どっちが正しいか』なんだと思う」
なるほど、これは正確な認識のような気がする。
「にーにーちゃんはどうなの?」徳大寺さんが訊く。
「わたしは『どっちも正しい』って思うことにしてるんだけど、本当に戦った人たちからするとかなり遺恨が残ったみたい。それこそ正義を賭けた、歴史をまるで武器のように使った叩き合いがあったみたいで」
「それなのに『どっちも正しい』の?」
「だって土方さん達は最後五稜郭で亡くなっちゃったんだけど、もし土方さん達がついていた榎本さん軍が勝っちゃったら、北海道は外国だよ。日本じゃないよ。江戸幕府国だよ。それっていいのかなぁって思うから」
「それで新政府軍にも正しいところがあるって思うんだね」
「うん、だけどわたしはやっぱり新選組も贔屓にしたいから。それであの、もうなにを言っているのか解らないかもしれないけど言いたいことはひとつだけで——」
「徳大寺さんやめないでっ、こと!」
にーにーちゃんは徳大寺さんにくっついていたからなあ。
「もちろんやめないから」徳大寺さんは言ってくれた。これにはワンテンポの遅れは無い。
「ほんと?」
「うん。だけどこの後どうしたらいいのかなって」
「そんなの簡単!」と断定調に言い切ったのがまとめ先輩だ。「わたし達がついている。会長はどでんとド真ん中に座っていればいい!」
ベストの解答ですまとめ先輩。
「そうですよ!」と、これにういのちゃんも続いた。
「副会長の中間さんって言っていましたよね? 安達さんと比べてそっちの方が正義派っぽく見えないですか?」徳大寺さんは心配そうに言った。
真面目な人ほど『歴史を凶器として使う』という考え方を否定したくなるらしい。徳大寺さんなんやかんや言って真面目だし。だがその価値観は否定したくても現実にそう使われているという事実は否定できない。
「でもディベートでは安達さんが勝ったんだよね? どうやって勝ったんだろう?」僕は言った。
「いやそれは分からないけど……」
「相手の言うことが理不尽で穴があるから勝ったとも言える」
「それはそうだけど」
「もし相手の言うことが理不尽なら『国ごと倒れても構わない』という考えの人もいます!」ういのちゃんが自分で言っていた。
「そうよ、ういの! 実践を伴わせてこそ大西郷のファンだから!」とまとめ先輩。
「ありがとうございます。まとめ先輩っ」
「わたしはわたしで敵がどう来ようと臨機応変に立ち回り最低限刺し違えるから!」
まとめ先輩、物騒な。
「敵なんですか?」徳大寺さんが訊いた。
「敵ね」と断定するまとめ先輩。
「だけど敵と戦った結果〝この会〟そのものが倒れちゃったら?」
いや……ちょっとそれは……
「だけどひとつ言えることがある」僕は徳大寺さんに向かって言った。
「なに?」と徳大寺さん。
「確かに始まりは強制合併だったけど、もはや参加メンバー嫌々やってるように見えない」
「そうかも……」
ここには徳大寺さんは同意してくれた。
「だったら僕らはやるしかない!」
敢えてテレ隠しの土佐弁は使わず!
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