第4話 根子岳 (かつての投稿時テーマ「九州・沖縄」)

 阿蘇五岳のひとつ根子岳には老いた猫が寄り集まって、終の場所として住む。という昔話はあまりに有名だ。

 でも、実際の処、あの山に猫なんて殆どいない。山名の由来だって、山頂のギザギザが猫の耳に何となく似ているから付いただけだ。

 この根子岳、麓はなだらかな草地に覆われた放牧地のくせに、山頂付近は鋭角の岩が露出した険しい地形となっており、猫ぐらいに身軽でないと登って行けないのも事実で、その辺りから人の立ち入れない土地と言うイメージがついたのかもしれない。

 子供の頃、この山の登坂を幾度も試みては、険しい岩壁に阻まれて断念し、とぼとぼと戻ってくるということを何度か繰り返した。

 振り返って考えれば、僕はけっこう慎重な性格だっただろう。岩肌を前に怖気づいたのだから。

 時折、身一つで鋭角の岩壁に挑戦し、頂きを目指す子供が現れては、大騒ぎになる。大体は登ったは良いものの降りて来られなくなるからだ。夜遅く、消防団の大人たちに付き添われて帰ってきて、親からこっぴどく叱られていた。

 唯一の例外だったのが、早織という名の少女だった。彼女は、祖母と共に、折々に触れて根子岳に登っていた。聞けば、頂の祠の管理を任された家系で、代々受け継がれてきたのだという。

 彼女たちが登るのは決まって、霧深い早朝だった。人知れずに家を抜け出すと、身一つで山へと分け入って行く。そして、昼過ぎには何気ない風情で戻ってきた。

 彼女たちの通る道を知ろうと、こっそりと追いかけても、霧に阻まれて見失ってしまう。

 霧の晴れた後に、厳しい岩肌をロッククライムして山頂にたどり着くと、そこの祠は綺麗に掃除がなされ、塩、米が供えられていて、二人が祠を訪れたのは間違いなかろうという事になっていた。

 早織は、私のクラスメイトだったので、どの様にして登って行くのかを何度か訊ねてみたが、黙って微笑んだだけで、教えてはもらえなかった。

 それでも、折に触れては、僕はどうやって登るかを訊ね続けた。

 最初は黙っているだけの早織だったが、僕の熱心さに根負けしたのか、それとも面白がったのか、話をしてくれるようになった。

 ただ、それは「猫になって岩を登って行くのよ」とか「霧に身を任していれば、霧が運んでくれるのよ」とか「牛の背に乗って行くの。あとは牛が上手に山頂まで運んでくれるわ」とか、からかわれているとしか思えないものばかりだった。

 子供のころから、早織とは、そんな問答を続けてきた。今に至っても同様だ。

 何度訊ねても、早織は本当の事を教えてくれない。

 早織は、大人になった今でも、根子岳への祠への詣でを続けている。私との間にできた一人娘と、古くからの家族の老猫を伴って。

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