第43話 いくつもの鳥居を (かつての投稿時テーマ 赤色)
急な坂道を、今日も僕はあがっていく。
ゆっくりと、ゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるようにして、連々と続く小さな赤い鳥居の下をあがっていく。
駆けあがりたくなるのを、じっと我慢しながら歩く。
これが毎朝の日課。
いくつもの鳥居を潜って、やっと終点が見えてくる。
そこには、小さなお稲荷さんがある。
家の裏手にある山の八合目辺りに建っている。
小さい頃から、死んだ祖母の後を付いて、何度も訪れている場所だった。
駆け上がろうとする僕を、祖母はいつも咎めた。
「神さんに御挨拶に参るのに、駆け足でいくなんて無礼千万だよ」
祖母は、いつも、一歩一歩ゆっくりと歩いた。
いつの間にか、僕にもその習慣が身に付いた。
祖母が倒れてからは、独りで参るのが日課になった。
祖母にも稲荷さんにも悪いのだが、僕の本当の目的は参拝じゃない。
そのことについては、いつも、ちょっと胸が痛んでいる。
社に近づくと、かすかに擦れる様な音が聞こえる。
境内を箒で掃いている音だ。
最後の鳥居を潜ると、箒の主が見える。
赤い袴、巫女の衣装を纏った少女。長い髪の毛を後ろで一つに束ねている。
僕の体温が少し上がり、動悸が速くなる。
少女が僕に気付く。にっこりと微笑む。
「もう、終わります。待っていてください」
その言葉は嘘ではなくて、僕が参拝をすます間に、掃き掃除は終えられていた。社内の拭き掃除も終わっている筈だ。
あいも変わらずに働き者である。
彼女が、僕の初恋の相手である。一目惚れだった。
思いを僕は告げていない。でも、彼女は感じてくれてはいる筈だ。それだけの力は持っている。
最初に会った頃の彼女は、見上げるような存在だった。十分に大人だった。
要は僕が幼過ぎたのだ。まだ、祖母に手を引かれていた時分だから。
今では、彼女の身長は僕の肩くらいしかない。
初めて会った時から、彼女の姿は一切変わらない。ずっと同じだ。
並んで、境内から眼下を眺める。
「本当に、少しの間に、村から町になっちゃったわね」
「おりたいと思ったことはない?」
問いかけに、彼女は声を落として答えてくれる。
「しょっちゅうよ。でも、私は死ななきゃ、ここを出られないもの。生きてたら、鳥居の下を潜れないもの」
何度も聞いた台詞だった。
「死なないと駄目……か」
「そう死なないと駄目。それが決まり事」
僕はため息をついた。
「死んだら、その時は背負っておろしてくれる?
境内の片隅で朽ちて行くなんて嫌だから」
彼女がぽつりと言った。
「うん、約束する」
僕の答えに彼女は疑わしそうに覗き込んでくる。
「本当にぃ? 私、この姿じゃないよ」
「大丈夫。約束するから。でも、背負ってじゃなくて、抱いてだよ。
抱いて、あの、いくつも続いている赤い鳥居の下をくだって行ってあげるから。約束する」
その答えに彼女は真丸の目を細くして、鼻の頭にしわを寄せてにぃと微笑んでくれた。
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