第42話 植物園 (かつての投稿時テーマ 赤色)
北の街、小樽の本当の片隅に、古びた植物園がある。創設は明治の後期。
小さな丘陵を丸々使った私設の植物園だ。開園時期は春から晩秋まで。
沢山の紅葉が植えられていて、秋には園全体が真っ赤に染まる。
その紅葉の盛りが終わるか、終わらないかの頃、この植物園は冬眠に入る。
ある年の秋、頼まれてこの植物園の受付に座ったことがある。
年季の入った民家、園のご主人の自宅の一角が売店兼入場券売り場だった。
小樽市民には紅葉狩りの馴染みの場所なので、休みの日等は混雑こそはしないが、入園者が途切れることもなかった。
僕は店番だけだったので気楽だったが、ご主人は施設内をこまめに見て回り、掃除をしたりして、結構に忙しそうだった。
ご主人の掃除は独特だった。
舞い落ちた赤い紅葉を満遍なく散らして、敷地内を真っ赤に染めて行くのだった。
紅葉の木が近くにない所にも、赤い掌のような葉を散らして歩いていた。
そうすると、園内の全てが赤い絨毯に覆われたようになった。
十一月に入り程なく、今年の開園最終日となった。
山には、まだ、沢山の紅葉が赤く燃えていた。
それを眺めながら、僕はご主人に言った。
「何だか勿体ないですね。こんな状態で園を閉めるなんて」
「こんな状態なうちに閉めるのが、うちなんだよ」
そう、ご主人は答えた。
「どうしてですか」
ご主人は僕の方を見ると、にやりと笑った。
「明日もおいでよ。そしたらわかるよ。」
翌日、園の入口に僕の姿を認めたご主人は、唇の前に人差し指を立てた。そして、家の中へ招き入れてくれた。
居間に通され、窓の外を見るように促さる。
植物園が一望できた。丘陵の地形を利用して作られているので、殆どが傾斜の土地に何百もの樹木が植えられていて、その合間に僅かに平らな部分が点在し、昔ながらの遊具が設えられている。ブランコ、長い滑り台、人の手で回すメリーゴーランド。
「静かに、注意して眺めていてごらん」
しばらくして、僕はあっと声を立てそうになった。
風もない小春日和なのに、時折、園内に敷かれた赤い紅葉が所々で舞い上がるのだ。舞い上がった紅葉の位置は移動していく。まるで子供が駆けて行く様な感じで。そんな現象が園のあちこちで見られる。
気が付くと、ブランコは揺れ、メリーゴーランドは回っていた。
突然に、紅葉の落葉の塊が宙を舞った。誰か抱えあげて、放り投げた様に。
「行き場のない子達だよ。ここが出来た時から、ずっと、冬の間は彼らの遊び場になっている」
後ろから、ご主人が説明の言葉をくれた。
「遊びたい盛りに死んで行った子達。親が先に死んでしまったり、親に見捨てられたりした子たちだね。
北のウォール街なんて言われていたけどね、裏では子供の行き倒れなんて日常茶飯事だったのさ。大体は雪の中で凍えて死んで行った訳だからさぁ、やっぱり、綺麗な風景の中、土の上で遊ばせたいわなぁ」
【蛇足的な補足】
作中の植物園は中野植物園がモデルになっています。作者がとても好きな場所です。
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