第41話 約束 (かつての投稿時テーマ 赤色)

 高校三年の夏、僕は全て放り出して旅に出た。自転車にテント等を積み、北海道を巡った。

 オホーツク海に沿って伸びる道路に建てられた道の駅の片隅でテントを張っていた僕は、夜明け前に目を覚ました。

 誘われる様に外に出ると道の駅から外れ、半ば湿地帯の草原の中を歩いた。十五分程も歩いたろうか。

 人影に出くわした。

 女性だった。僕より、少し年上の感じだった。

 僕に気付くと声を掛けてきた。

「貴方も朝日を見に来たの?」

 僕は曖昧に頷くような仕草をした。

「嘘つきね、お互い。死に場所を探しているんでしょ……私と一緒よね」

「そんな死に場所なんて……えっと、貴女もなんですか」

 彼女は、優しくも寂しげに笑いかけてきた。

「ねぇ、身の上話を聞いてくれる?」

 僕は無言だった。どう答えて良いかわからなかったから。

「私、レイプされたの。何時間もレイプされて、朝の町中に放り出されたの。そこから、ぼろぼろな姿で、自宅に歩いて帰ったの。

 だから、私がレイプされた事は町の皆が知っているの。誰も私から目をそむけてね、誰も話しかけてくれなくなったわ。

 母は私の事を淫売って罵ったわ。父は私の不注意だと叱ったわ。

 誰も守ってくれなかった」

 僕は相変わらず無言のままだった。

「そんな時、葉書が届いたの。中学校で一緒だった子からね」

 彼女は僕に葉書を手渡した。

 絵葉書だった。ずっと昔にテレビで放映された特撮物の一場面。赤い正義の巨人が、頭の尖がった赤い宇宙人と対峙している。背景は夕暮れの運河。裏返すと、下の方に「いつでも遊びに来てください」と書かれている。

 札幌の住所からだった。

「女の子なのに特撮の好きな子だった。

 すぐに札幌へ向かったわ。でも、彼女の家には行けなかった」

「どうして?」

「私、彼女の事を馬鹿にしていたの。

 いつも苛められている子の傍らに黙って座っている子だったの。

 あの時には、あの子の強さがわからなかったなぁ。私、馬鹿だからさ」

 僕にも、その人の強さが眩しく感じた。

「ねぇ、知っている?

 その宇宙人ね、人と人との信頼関係を壊そうと企んだのよ。

 あの子、私を信じてと言ってくれたの。

 なのにね……」

 しばらくの沈黙の後、

「ねぇ、貴方に約束あったら死なないですむかな」

「約束があったら、死ねないかも」

「そう、なら、頼まれて。

 彼女を探し出して、私を迎えに来てと伝えて。お願い。

 ……ねぇ、知っている?ここ、今、珊瑚草の花が一面に満開なのよ。その花達を朝日の中で見ると、とても綺麗なの。死ぬ気なんかなくなるわよ。真っ赤な花に、真っ赤な朝の光が射して本当に綺麗なの。

 その風景を最初に見ていたら、私もあの子の所へ行く勇気出たのにね。

 貴方は、ちゃんと見ていってね。そして勇気を出してね」

 そこまで言うと、彼女はすぅっと消えた。

 同時に、水平線から太陽が顔を出した。

 僕の周りがいっせいに真っ赤な風景に変わった。




【蛇足的な補足】

作中で語られるている正義の巨人はウルトラセブンで、敵方はメトロン星人です。

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