第7話 伊予岳 (かつての投稿時テーマ 四国)
遠いむかしのお話です。
その頃、忌部の民は様々な所に住んでいました。山陰にも、北陸にも、そして四国にも住んでいました。
忌部の民は、忌部の神様たちと共に、とても仲良く暮らしていました。
四国の忌部の土地に、ひとりの姫神様がいらっしゃいました。姫神様は幼く、無邪気で、天真爛漫な方でした。また、とても愛らしく、お洒落でもいらっしゃいました。
姫神様が一番好きだったのが、伊予の石鎚山でした。石鎚山は大変に険しい山でしたが、自然も豊かで、風光も明媚な山でした。よく晴れた日には、頂より遠く出雲の大山を望むことも出来ました。
姫神様は、いつも石鎚山を走り回っていらっしゃいました。
そんなある日、事件が起こったのです。
石鎚山には、禁忌の日があります。七月の一日より十日までは神事の期間となり、女人の立ち入りが堅く禁じられていました。この戒めは、神様にも当て嵌まるもので、姫神様も石鎚山でお遊びになることは許されませんでした。
ですが、姫君様は、その十日が我慢できずに、山に立ち入られてしまったのです。
その為に、その年の神事は取り止めになり、山よりの恵みを頂くことが出来なくなってしまいました。
姫神様には、当然に厳しい罰が与えられました。姫神様は、その寿命を人並みに削られた上で、遠く房総半島へと流されたのです。
姫神様の嘆きは、大変に深いものでした。
房総の新たなる居所へ入った後も、ずっとずっと泣き続けていらっしゃいました。
何よりも、大好きだった石鎚山で遊ぶことが叶わなくなったことが悲しくて仕方がありませんでした。
幾月か経った頃でした。泣き疲れた姫神様がふと窓の外を眺めたのでした。その窓からは、房総の傾斜がなだらかで、頂きが丸みを帯びた山々が連なって見えました。
姫神様は、その中の小さな山に目を止められました。
「石鎚山に行くことが叶わないのならば、石鎚山を作ってしまえば良い」
姫神様は、そう思われたのです。
姫神様は、すぐにその山へ籠られました。毎日毎日、なだらかな山肌を崩しては、尖った山筋を刻んでいかれました。作業は何年も何十年も休むことなく続けられした。
山の形は、少しずつ少しずつ、石鎚の山に似ていったのです。
姫神様は髪を振り乱し、衣服にも頓着せずに作業を続けられました。岩を掘るその指は血にまみれて、爪も剥がれてしまい、まるで鬼神のような形になっていらっしゃいました。
百年近くの時を経た頃でしょうか。とうとう、山は石鎚山にそっくりな形になったのです。
姫神様は、完成したその山を満足気に眺められると、ぱたんと倒れられ、そのまま息を引き取られたのでした。
忌部の民たちは、そんな姫神様を哀れに思い、山の頂に手厚く葬り、その山を「伊予岳」と名付け、姫神様の事を末永く語り継ぐこととしたのです。
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