第25話 匠の技 (かつての投稿時テーマ 東海)

 かつて、都の造営の中での最大の関心事は、如何に鬼門の守護を堅固にするかであった。

 それは、都に限らず、神社仏閣、館にまで及ぶ関心事であった。

 それについて、帝の思い至ったことは、鬼より守るための「呪」は、同じ鬼に作らせれば良い。

 かくて、官吏は都の北東へと道を下った。

 官吏の至る先には、飛騨があり、そこには数多の匠がいた。

 匠は、己が持つ技の凄味が故に、鬼とされ、都に召された。

 これが、世に響く「飛騨の匠」の成り立ちである。


 時は下り、今、飛騨に鬼神に及ぶと評される程の技を持つ匠がいる。

 だが、彼は商いの為の彫りは一切しない。

 彼は、糧を得るために別の生業を持ちながら、その合間に彫りを続けた。

 休みの日、彼の家では、朝から夕まで、ノミを振るう音が響いている。

 飛騨の街で彼の名を知らぬ者は誰もいない。彼の技を知らぬ者は誰もいない。

 誰もが、彼の作品を間近に見、そして手に取ったことがある。

 彼は、人知れず、飛騨の街を走り回る。

 誰にも見とがめられることなく、自分の技による物を届け続けている。

 子の生まれた家の前には、必ず「猿の彫り物」がひっそりと置かれている。

 掌に包まれるくらいに小さな猿。それこそが、彼の渾身の作。

 届けられた家は、安堵する。

 これで、この子も無事に育って行くに違いないと。

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