第38話 焼き芋 (かつての投稿時テーマ 黄色)

 真冬の夜、駅を出ると焼き芋を売っていた。

 おじさんが「おいしい、安納芋だよ」と声を出掛けてくる。

 私は、足を止める。

 安納芋は、今までのサツマイモと明らかに違っている。

 安納芋は、焼き芋界のケーキなのである。黄色い生クリームに包まれた、素敵な洋菓子なのだ。そして、安納芋は冷めても美味しい。冷めた安納芋は、焼き芋界のバニラアイスである。冷えても美味は、猫舌気味の私には、とっても有り難い。

「ひとつ、ください」

 私は、躊躇せずに買う。

 渡された包は、アツアツだった。

「熱いうちに食べてね。冷めちゃうと、芋が目を覚まして、手脚が生えて逃げ出しちゃうから」

 おじさんが、冗談めかして言った。

「ありがとう。逃げ出さないうちに食べるね」

 私も冗談で返した。

 買った安納芋を懐炉代わりにして、家路を急ぐ。

 アパートに着いた頃には、手の中の大好物は大分冷めていた。

 まぁ、猫舌の私には丁度良い。

 電灯を点け、ストーブに火を入れると、私はコートを着たまま食卓についた。

 包みを開け、取り出した芋の皮をむく。すぅー、すぅーと綺麗にむける。

 中から、幸せの象徴である、真っ黄色の柔々とした実が姿を現した。

「おいしそう」

 私は呟き、真っ黄色の至福を見つめた。

 だが、見つめた先にふたつの目を見付け、絶句する。数瞬おいて、絶叫し、安納芋を放り投げた。

 宙を舞う安納芋から、にょきにょきっと細い手足が生えた。

 安納芋は器用に手足を揺らしながら、上手に床に着地した。どこにも崩れた様子はない。

 安納芋が私を見上げた。目の下に、口が出来ていた。にぃぃぃっと笑った。ギザギザの歯が覗けて見えた。

「ぎゃぁぁぁぁぁっ」

 私は、四つん這いになると、叫びながら玄関に突進した。ストーブや電気は点けたままだったが、そんな事には構っていられない。靴を履いただけでも、私は自分の事を褒めてあげたい。

 私は、必死で走った。兎に角、駅まで、駅までと思って走った。

 焼き芋屋のおじさんは、まだ居た。

 私の様子を見て、おじさんは困ったような顔をした。

「あらぁ、芋、冷ましちゃったんだね。

注意したのに、熱いうちに食べてってさ」

 おじさんは、水筒から水を分けてくれた。

 私は、それを飲みほして、少し落ち着いた。

 息を切らしている私におじさんは、ため息交じりに言う。

「手足生えてきて、にぃっと笑ったんだろ」

 私は、こくこくと何度も頷いた。

「大丈夫、もう居ないよ。とっくに、どっかに逃げちまっている頃さ」

 おじさんは、安心させるように優しい口調で言った。

「あんな、あんな、変な安納芋見たことない」

 私は、やっと口を開けた。

「ああ、あんた、あれを安納芋と間違えたのか」おじさんが得心した表情をした。「あんたが買ってたのは、安納芋じゃないよ。アンノウン芋ていうんだよ。最先端の品種なんだぜ」

 おじさんは、得意気な表情で説明してくれた。

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