第48話 マリッジ・ブルー (かつての投稿時テーマ 青色)
私は、久し振りに母の実家を訪れた。
突然の訪問だったが、人の良い伯母は気易く迎え入れてくれ「本当に、おめでとうね」と、心からの祝いの言葉をくれた。
先日結納を終えた私は、数ヵ月後に結婚式を控えている。
見合いで知り合った相手は、無口だが誠実な男性だった。当人たちより、周りが乗り気になって、あれよあれよという間に事が進んで行った。
祖母の墓参りのついでに寄ったと伝えると、伯母は得心した表情になった。
祖母と私とは本当に仲が良かったのだ。
祖母が生きていた頃は、用が無くともこの家をよく訪ねていた。祖母と私は、お喋りをし、笑いあい、散歩をした。
私か祖母に何かを強請る事はなかったし、祖母も私に贅沢な振る舞いをしなかった。
年は離れていても、ふたりは姉妹か、友人の様な付き合いをしているように見えていたと後に伯父から言われて、納得したのを覚えている。
仏壇に手を合わせて、居間に下がり、お茶を頂きながら、伯母に「庭の池は昔のままですか」と問うた。
伯母は、にこにこしながら、昔のままだと答えてくれた。
「遠慮しなくていいから、行ってらっしゃい」
そう背中を押されて、私は席を立った。
濡れ縁から庭に下り、奥にある池に向かう。
池の傍にある石造りのベンチに腰を掛けると、遠くの山を眺める。
ここは、祖母が一番に気に入っていた場所。そして、私が一番好きだった場所。ふたりで腰掛けて、何時間も話し込んだ場所。
今でも、ここに来ると、私は祖母とお喋りができる。
小さな声で呟くと、傍らから必ず祖母の声が応えてくれる。途方に暮れる度に、ここにやってきては、祖母に助けてもらってきた。
今日も、私は呟く。
「あたし、このまま結婚すると後悔しそうで怖いの」
「どうしてだい?」
「あたし、お喋りな人と結婚したかったの。
二人とも無口だと、すごく寒々しい家庭になりそうで」
「ああ、そんなことか」祖母の声には、軽い笑いが含まれていた。「先の事を正確に伝えるのは反則なんだけれどね、今回は特別に教えてあげる。大丈夫だよ。すぐに、賑やかになるから」
「何で?」
「すぐに男の子が生まれてくるからね。その次が女の子だね」
「子供が生まれるから、賑やかになるの?」
「それだけじゃない。あんたの旦那さんね、頭に馬鹿が付くくらいの子煩悩になるのよ」
「あの人が? そうなの?」
私には想像が付かなかった。
「あんたの中にある新しい命がね、わざわざ、あの旦那さんを選んだんだよ。この人が、お父さんになったら幸せになれるってね」
そんな話をされても、私はにわかには信じられなかった。まあ、幽霊である祖母が言う事だから、確かなのだろうけれど。
祖母は、さらに畳みかけるように話しかけてくる。
「そうはいってもね、けしかけたのは私なんだけどね。あんたの旦那さんになる人ね、実は、私のいい人、あんたのおじいちゃんにそっくりなんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます