第47話 約束 (かつての投稿時テーマ 青色)

 お兄ちゃん、私、今日で十四歳になりました。

 お兄ちゃんが約束してくれた、その日になりました。

 お兄ちゃんは約束を覚えていますか?

 もし、覚えていても、約束は果たせなくなりましたね。

 お兄ちゃんが死んでから、我が家は、めちゃくちゃになりかけました。

 でも、お父さんが救ってくれました。

 お父さんは、お兄ちゃんの言う通りの人でした。

 大人しくて、無口で、自分の意見は後回しで……そんなお父さんを私は見下していましたね。お兄ちゃんはいつも嗜めてくれましたね。「お父さんは、ちゃんとした大人だよ」と。

 お父さんは、お兄ちゃんが死んでから立派でした。

 お母さんを支えて、でも甘やかしませんでした。

 お母さんが、お兄ちゃんの部屋に入り浸らないように……あのね、今、お兄ちゃんの部屋が私の部屋です。お父さんが、そうしなさいって言ったんです。

 私、お兄ちゃんの机やベッドをそのまま使っています。

 それから、お父さんが一番偉かったのは、お兄ちゃんの代わりに支払われた保険金とかを、さっさと寄付しちゃったことです。遠い親戚がたかりに来た時には、もう何にもありませんでした。

 お父さんは、お兄ちゃんが言う通りに素晴らしい大人でした。みんなの前では、本当に毅然としていました。

 でも、私は知っています。

 お父さん、一人になると、背中が本当に寂しそうです。何時も真直ぐな背中が、まんまるになっています。

 それを見ると、子供が先に死ぬのって、酷い仕打ちなんだなとわかります。

 私……私も寂しいです。お兄ちゃんがしてくれた約束、やっぱり果たして欲しかったです。

 お兄ちゃんの部屋の一角、天井まで届く本棚にびっしりと詰まった文庫本。全部水色の背表紙です。お兄ちゃんが好きだった、海外のSFの小説たち。七割がお父さんからお兄ちゃんに受け継がれた物で、残りはお兄ちゃんがお小遣いを工面しながら買い足してきた物でしたね。

 小学生だった頃の私が、その水色に憧れて手に取ったのは「竜の何とか」という小難しい小説でしたね。確か、中性子星が舞台でした。あまりに難しくて数分で挫折した私を、お兄ちゃんは笑いましたね。

 悔しくて、お兄ちゃんを睨んだ記憶が残っています。

 その時に、お兄ちゃんは約束してくれましたね。「十四歳になったら、最初に読むのにふさわしい本を貸してあげる」て。覚えていますか。

 お兄ちゃん、今、私はお兄ちゃんの本棚の前に居ます。お兄ちゃんが、私に読ませようと思っていた本はどれですか?


 ……少女は、綺麗に並んだ水色の背表紙達を撫でるように無意識に指を走らせる。そして、やはり無意識のまま、指が止めると、すっと一冊を引き抜いた。

 その本の表紙には、大きな扉と、それを見つめる後ろ姿の猫が描かれていた。

 タイトルを眺めつつ、少女は呟く。

「そうか……、もうすぐ夏なんだね」






【蛇足的な補足】

わかる人は当然ながらわかっていると思いますが、本棚に並んでいるのはハヤカワ文庫の海外SFシリーズです。水色の背表紙が特徴です。少女が手に取った本は「夏への扉」です。SFへの入り口には丁度良い作品の代表(かつ古典SFの代表格)みたいなものです。かつては文中にある様なデザインの表紙だったのです。

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