第29話 寄り添いながら (かつての投稿時テーマ 東北・北海道)

 あの地震で、サトばぁちゃんは全ての物を流された。

 元々が、あまり良い境遇にないサトばぁちゃんだったから、手元にあった物なんてささやかだったのだけれども。

 サトばぁちゃんは、元々は豪商の跡取り娘だった。

 でも、幼い頃に家は急に没落して、家族は次々に死んじゃって。

 一人残ったサトばぁちゃんも、だいぶ苦労したらしい。

 頑張っても、頑張っても、騙されたり、恵んでやったりで手元に何も残らなくて。それでも、住処を転々としながら、何とか日々を生きて行く糧だけは手に入れながら、一人で慎ましく生きてきた。

 サトばぁちゃんの暮らしていた部屋は、本当に狭くて、でも小奇麗に片付けされていた。

 サトばぁちゃんは子供好きで、よく近所の子供たちを預かっていた。だから、何にもないサトばぁちゃんの部屋だったけれど、お菓子だけはいつも置いてあった。

 そんなサトばぁちゃんの宝物は、まだ家が豊かだった頃にあつらえてもらった小さな着物。サトばぁちゃんが七五三の時に袖を通したものらしい。それだけは、どんな時でも手放さなかった。

 でも、津波は、そのサトばぁちゃんの唯一の宝物をさらっていった。サトばぁちゃんは、全てを失った。

 そんなサトばぁちゃんは、今、小さな女の子と暮らしている。

 港から急な斜面を大分上がって、集落からも随分と離れた山間の、打ち捨てられていた粗末な廃屋に最小限の手を入れて住んでいる。

 そんな辺鄙な所に住むのは、女の子が人に会うのを怖がるから。

 女の子は、地震の直後から、避難所の片隅でサトばぁちゃんにぴたりと寄り添って、離れようとしなかった。サトばぁちゃんの服を掴んで、背中に隠れるようにして、他の人の視線を避けていた。

 役所の人が名前を尋ねても、怯えたような眼をするだけで、何も答えなかった。

 サトばぁちゃんと女の子は随分と避難所に居たけれど、その間、誰も女の子の声を聞いた者はいなかった。

 女の子の顔を見知った者もいなかった。

「きっと、家族で港に遊びに来て、この子だけが助かったんだ。そして、恐怖から、声と記憶を失ったんだ」と皆は噂した。

 女の子は、自然な流れでサトばぁちゃんが預かる事になった。

 元々が子供好きだったサトばぁちゃんにも異論はなかった。

 そんな経緯があって、サトばぁちゃんと女の子は、小さな廃屋寸前の家で、肩を寄せ合って暮らしている。

 サトばぁちゃんは、その家の座敷で、折に触れては女の子を抱きしめる。

 抱きしめながら女の子に囁く。

「本当にすまんかった。おらの父親があんたを放り出して、本当にすまんかった。おらが我がまま言うて、縁先で遊んでもろうたがために、あんたが見つかってしまって、本当にすまんかった」

 女の子は、そんなサトばぁちゃんに囁き返す。

「ええよぉ。ええよぉ。サトちゃんは、ちゃんと償ったから。これからは、一緒に幸せよ」

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