第45話 黒体 その2 (かつての投稿時テーマ 黒色)

 黒体と言う概念がある。

 純粋な真の黒色で覆われた物は、一切の反射をしないという物だ。

 熱も電磁波も黒体に触れた物は吸収される。代わりに、黒体からは熱や電磁波が放射される。必ず、一旦は黒体と言う物を介しての伝搬が行われるというものだ。

 こんな事を言うと、最初に頭に浮かぶのはブラックホールの存在かもしれないが、あれは違う。あれは、強い引力により電磁波が抜け出せなくなるだけである。

 様々な用途や実験の為に限りなく黒体に近い物体は数多作られてきているが、完全な黒体はまだ地球上には存在していないと言われている。それが世間一般の通説の様だ。

 だが、我が家の神棚には完全な黒体が奉られている。確かめたことはないが、昔からそう言い伝えられてきた。その黒体は古い神棚の奥に、古い小さな座布団の上に鎮座している。直径十センチ程度の真球で、周囲に三重の注連縄が張られている。注連縄は古くからあるのに一本たりとも切れていない。なんでも、名のある祓い師が張ってくれたものらしい。黒体は名の通り真っ黒で、何故か埃ひとつ積もらないでいる。

 我が家では、黒体には絶対に触れてはならないと言われてきた。

 そんな話を我が家以外の者にすると、大体は一笑に付されてしまうのだが。

 だが、事実は奇妙なものである。

 以前、弟が通っている大学からこっそりとサーモグラフィを持ってきた事がある。

 触れることは駄目だけれど、表面温度を測る位はいいだろうという理屈だった。

 モニターを覗いて、弟は絶句した。

 モニター上でも黒体は真っ黒に映っていた。黒く映るのは一番の温度の低い領域で、この設定では-30℃以下の場合だという。

 弟はレンジ幅を変更してみた。それでも黒体は黒く映っていた。今度は-100℃以下が黒く映る設定だったという。

「つまり、黒体は極度な低温と言う事か?」

 という私の問いに弟はうなずいた。

「そう言うことになる。もしかしたら、黒体は反射どころか放射もしていないのかも。いや……黒体は熱のやりとり自体を行っていないということになるのかな。……きっと、そうだ。そうでないと、納得いかない」

「どういうことなんだ?」

「いいかい兄貴、映像を見てみな。黒体は真っ黒だよな」

「そうだな」

「でもな、黒体が鎮座している座布団の部分を見てみな。淡い黄色だろ。あの色な、座布団が常温だってことを示しているんだぜ」

 そこまで言った弟は、サーモグラフィをそそくさと片付け始めた。片付けながら、呟くように私に念押しをした。

「兄貴、今日の事は内緒な。俺は何もしなかったからな。……こんな理屈に合わない物に関わり合ってたまるか」

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