第12話 子さぎ踊り (かつての投稿時テーマ 中国)

 今年の梅雨は雨が多かったように思う。

 きっと母の流した涙の分だけ多かったのだろう。

 妹の彩が川で死んで、二ヶ月が過ぎようとしていた。四十九日の法要を、まだ、していない。日数は満ちているのだが、母が頷かないのだ。

 話を持ちかけるたびに「あの子が夢に出てくるんよ」と答えた。

 そう言われると、何も言えなくなる。

 そんな母が久しぶりに出掛けよう、と誘ってきた。

 私は少しは元気が戻ってきたのかとちょっと安堵した。

 私の住む津和野の空は抜けるような青空だった。梅雨明けは昨日だった。

 今日は七月二十日。津和野弥栄神社の祇園祭の日である。お囃子や人のざわめきが遠くで聞こえた。鷺舞が踊られる。鷺を模した格好の人々が踊りながら、町々を巡るのだ。

 妹は、この鷺舞が大好きだった。毎年、楽しみにしていた。

 子さぎ踊りにも参加したがっていた。子さぎ踊りは、祇園祭の日に、鷺舞とは別個に行われるものだ。言うなれば、鷺舞のミニチュア版。津和野の小学校三年から六年までの女の子の中から選ばれた子達が踊り歩くのだ。

 小学校三年だった昨年は、妹は選ばれなかった。その結果を持ってきた日、帰宅した途端に号泣したのを今でも鮮明に覚えている。負けん気の強さは人一倍だった。

 そして今年。晴れて踊り手に選ばれて、あんなに喜んでいたのに。

 私は、その理不尽さに、唇を噛んで涙を堪えた。

 母は、私の少し前をすたすたと歩いていく。

 私は少し急ぎ足になって、追いかけていく。

 母は、狭い路地から路地へと、人の流れの少ない道を選んで進む。祇園祭で観光客がごった返している筈なのに、すいすいと歩いていく。

 不意に大きな路地に出た。

 母が立ち止まる。

 周囲に人垣が出来ている。

 囃子が近くで聞こえた。見れば、少し離れた所に子さぎ踊りの集団が居た。こちらへと徐々に近づいてくる。

 私は辛くなって、思わず視線をそらす。

「ちゃんと、見てあげなさい」

 母が私に強い口調で言った。

「あの子が踊っているんだからね」

 母の思いは痛いほど想像出来た。

 妹の同級生たちも、彩ちゃんと一緒に踊るんだと宣言してくれている。

 それでも、私は辛くて踊りを見られない。

「いいから、ちゃんと見るの。あそこで、彩が踊っているんだから」

 更に強い口調で母が言った。

 私は、意を決して、踊りに視線をやった。

「ほら、あそこに居るでしょ」

 母が、指をさした。

 母の指の先をたどって行き、私は「あっ」と声をもらした。

 そこには鷺の形をした烏帽子をかぶり、満面の笑みで踊っている妹が、彩がいた。

「気付いているのは、みぃちゃんだけなのね」

 母が呟く。

 彩は、親友だった澪ちゃんと視線を時折合わせながら、舞っている。澪ちゃんも嬉しそうだ。

「これで四十九日も出来るわね。絶対に踊りたいからやるのは待って、言われていたのよ。夢の中でね」

 母のその言葉に、私は堪らずに涙を流した。

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