第13話 赤間の巫女 (かつての投稿時テーマ 中国)
壇ノ浦の海沿いに祖母は一人で住んでいる。そろそろ八十に手が届くというのに、とても元気だ
祖母の日課は朝の散歩で始まる。海岸端を延々と歩くのである。
私が少女だった頃、稀に早く起きた時などは、祖母の散歩について行った。
祖母は、海岸端を歩きながら、時折立ち止まっては、しゃがみ込み、何かの欠片のような物を手に取っては持参の籐編みの籠にしまった。
「何をしているの」と尋ねても、にこにこと笑いながら、「あっちゃんが大人になったら、教えてあげるね」と言うだけだった。
まとまった休みが取れて、私は久しぶりに祖母の家を訪ねることにした。
祖母は程々の量のワインと、それに見合った肴を用意して待ってくれていた。
翌日、目が覚める、祖母は散歩に出掛けていた。
やがて祖母は戻り、朝食を摂り、片付けや洗濯も終わり、祖母の手が空いたので、私は子供の頃と同じ質問をしてみた。
祖母は答えずに、徐に立ち上がると、私に赤間神宮へ行こうと誘った。
赤間神宮は壇ノ浦の海に沈んだ安徳帝の御霊を慰める為に出来た社だと言う。帝は侍女に「海の底にも御所はございますから」と諭されて入水したそうだ。その話を知った時「あまりに哀れだ」と思った。
祖母は籐編みの買い物籠を持ち歩いて行く。その横を私も従う。
神宮までは歩いて十分くらい。
道すがら、祖母が口を開いた。
「そろそろね、伝えておくべき頃が来たのかもね。
うちは巫女の家系でね。昔は天皇家に仕えていたのよ。それが巡って、平氏との懇意になって、平氏が滅んだ後、都落ちして壇ノ浦に居着いたの。
ここで、死ぬまで海に沈んだ平家の供養を続けたらしいの。海岸に打ち上げられた亡骸を引き取っては弔ってあげたの。
子孫たちも、その流れをずっと引き継いできたの。
今でも、海岸を歩いていると、骨が打ち上げられることがあるのよ。もうね、潮にもまれて、本当に小さくなって指の先ほどもないのだけれどね、そんな骨でもね、私が見れば光って見えるから、すぐ分かるの。巫女の血筋なんだろうね。
私ね、この巫女の仕事引き継ぐつもりは無かったのよ。遣りたい事があったしね。だから、私のおばあちゃんが死んだ時にね、無理矢理御仕舞いにしようとしたの。
でも、駄目だった。夢枕に、始祖様が現れて、懇願するの。毎晩。根負けしたわよ。
だから、条件付で引き受けることにしたの。
私を百二十歳まで生かすこと。死ぬまで元気でいさせることってね」
祖母が私に向かってにっこりと笑う。
「私の跡は、あっちゃんが引き継ぐことになるけどね。安心していいわ、私が死ぬのは、もっと先の話だからね。
あっちゃんは、それまで人生を謳歌しなさい。やりたい事はどんどんやっておきなさい」
私たちは、赤間神宮の門前に辿り着いていた。
「今日は、一緒に御供養をしよう。やり方を覚えておいてね」
そう言うと、祖母は神宮の奥へと私を導いて行った。
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