第20話 舞姫 (かつての投稿時テーマ 北陸)

 何とか就職も決まった僕は、「能舞台史」研究の仕上げの為に、佐渡島に滞在していた。

 佐渡島には三十を超える能舞台が現存し、年を通して様々な催しが行われている。江戸時代には二百を超える能舞台があったという記録も残っている。

 調査の途上で、アミという娘と知り合った。

 二十歳になったばかりの彼女は、地元の小さな工場に勤めていた。勤めながら、夜は能舞台で観光客向けに舞を披露していた。

 舞は、彼女の家に代々伝わっているというものだった。幽玄に、淑やかに舞う彼女の姿に、僕は魅了された。

 女性には奥手の僕だったが、彼女にだけは積極的になれた。

 尻込みをする彼女を押し切るように口説いて、僕たちは日を置かずして恋仲になった。

 一週間後には求婚していた。

 その申し出に対して、アミは寂しそうな、悲しそうな表情を見せて、首を横に振った。

「あたしは、貴方とは一緒にはなれないわ。

……島を出て行ける筈がないもの。そんなこと、許してもらえない」

 予想もしなかった言葉が返ってきて、取り乱す僕に、アミは淡々と理由を告げた。

「あたしの遠い祖先はね、白拍子だったらしいの。

 白拍子には好きな相手が居たのに、その仲を引き裂かれて、やんごとなき御方の流罪の供として島に連れてこられたの。

 なのにね、その高貴な御方はさっさと自害しちゃって。……残された供の者たちは大変だったみたい、仕える方が居なくなって、食扶持の元がなくなったわけだから。

 その白拍子も苦労して、口に出来ぬ恨みを積み続けたのね。

 恨みは自分の娘たちに向けられたわ。

 彼女の子孫は必ず女。舞が上手くて、若くして恋をする。でも成就しない。その後は、好きでもないひどい男を夫にもって、娘を産み、島からは一生出られない。

 ひどいご先祖様よね。子孫に祟る事もないのにね。祖母は、恨みを他に持って行きようがなかったからね、と言うけれどさぁ……。

 そういう事だから、あきらめて」

「そんなの……」と言いかける僕の言葉を遮って、アミは言葉を続ける。

「迷信じゃないのよ。

 島を出ようとしたり、好きな人と結婚しようとしたりして、死んじゃった人……あたしの周りには沢山いるの。姉もそうだったし。あたしは、もう母を悲しませたくない。

 あたしは、貴方との思い出だけを拠り所にして生きていくわ。

 結末、分っていたのにね。言えなくて……ごめん」

 そう言うと、アミは宵闇へと走り去った。

 翌朝、雨の中、僕は港へと車を走らせた。

 まずは、内定してくれた会社へ謝罪に行く。それから、この島で職を探す。それが僕の出した結論だった。

 突然、僕の視界から風景が消え、代わりに青白い顔をした女が現れた。

「役を終えたら、さっさと舞台を降りるのが筋というものじゃ」

 女はそれだけを言うと、すぐに消えた。

 次の瞬間、僕の乗った車はガードレールを突き破り、崖を落ちて行った。

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