第10話 呪いへの対策、基本編 (新作、娘との会話シリーズ)
一人暮らしを始めた娘から連絡が来た。
娘のたてる音に隣からクレームが来ているとのこと。
娘の生活音と声が気に触るらしい。
「まぁ、一人暮らしを始めた当初は、寂しくて、真夜中に目覚めて反射的に泣き叫んでしまったことが何度かあり、それについては申し開きもできないんだよね」と娘は言う。
「でも、今はそれもないし。音も気をつけているし、どうしたらいいのかわからずにいたんだけどさぁ」と娘は続ける。
そこで、電話先の娘がにまりと笑った感じがした。
「実は、今日さぁ『お前の心臓の音もうるさいから、死んでくれ』て来たのよ。
で、わかっちゃってね」
そこまで聞いて私も得心する。
娘も、ねぇ、わかったでしょ、という感じで話を続ける。
「そうかぁ、最初からうるさかったのは、私の鼓動だったのね、と」
そこで、私が言葉を返す。
「うるさいと言うよりは、まぶしくて気になるし、美味しそうで気になるし、でも手を出すと火傷するのわかるし、てことで文句を言っているんだな」
「うん、そう。きっと、そう」
電話の向こうで娘がうなずいている。
私は張っていた気持ちを解く。クレームへの対応方法もわかってしまった。
「じゃぁ、食べてあげる?焼いてしまう?」
私の問いかけに、娘は芳しくない感じで答えてくる。
「うーん、どっちも嫌かな。
向こう、呪ってるし。正しくは呪う準備しているし。
我が身の瓦解を代償にして、こちらを呪うって感じかな?」
娘の説明に私は少し感心する。相手も考えている。
すべての物事において作用と反作用とは一対になっている。「人を呪わば穴二つ」というのは正しい表現だ。上手に誰かを呪いたいならば、その呪う力と同等で発生する反作用の力を上手く逃す術を得ておく必要がある。だが、だいたいは逃す術を得るには至らずに己に帰るのだけれども。
でも、見方を変えると我が身の瓦解を前提に呪いを行えば、見境なく力を込めることが可能になる。とても厄介になる。
今回は、そんな厄介な感じだろうか。
もちろん、普通ならば。
「だから、お願いがあるんだけれど」
娘の私へのねだりがはじまった。
「奴らの足元に穴あけて欲しいんだけど」
「僕がやるのかい?」
「うん、お願い」
娘は相変わらずに自分の手をわずらわすことを厭う様子だ。
その辺りは私と娘との立場の違い、格の違いだから、仕方のないことだから気にもしないが。
「容易い作業だから、いいけれど。報酬が欲しいなぁ。
それに奴らていうと、憑いているのは複数なのかい」
「報酬はツケにしてよ。今は準備できないからさぁ。
憑いているのは一柱なんだけれどね、憑かれている側も面倒だから魂魄を持っていってしまおうかと思うの」
「当人自体も危うい奴なのかい?」
「そうね、落としても落としても、やがて新たな憑けて来るタイプね。馬鹿なくせに信心深そうだから。何か寺社巡り好きそうだし」
「大人しくしててくれない?」
「そう。だから、面倒くさいかと、ね」
確かに、当人の魂魄を消してしまえば、憑きモノが取り憑く手段もなくなるが。
あまりやりたくはない。倫理的な意味合いからではなくて、手間が二、三増えて面倒なだからであるが。この二、三手間の増加が疲れるのだ。
作る穴だって直径が倍になる。作る穴の面積にすると四倍だ。
手間が面倒だ、そうそれだけ。相手の魂魄への情けとかそんなものはない。娘にちょっかいをかけたのだから、容赦はしない。
父親はいつだって、娘第一なのだ。娘からの「その割にはキャバクラとかおっぱいパブとか好きだよね」というツッコミは聞こえない。あれは若い娘の生気を分けてもらい行っているだけなのだ。生命力の枯渇しかかった年寄りには大切なことなのだ。……げふん、げふん。
「だから、お願い。ちゃっちゃとやって」
娘からの催促の言葉。
「やるのはいいけれどね。あれやると身体の節々が辛いんだよ。結構な肉体労働だよ」
「わかっている。だから、お父さんに頼んでいるんだよ。ほら、私、微笑み担当だから」
娘が訳のわからない理由を言ってくる。
娘に甘い父親としては、娘からお願いされたら断れないので、嬉々として娘の隣の奴らの座標を見定めて、その足元に穴を広げる。
穴の向こうは、霊的観点でのブラックホールみたいな場所だ。憑いているモノも、憑かれている側の魂魄も、強制的に吸い込まれてしまう。吸い込まれたことを確認して、早々に穴を閉じた。
実は、私にとって穴を開くことは厭うほどの作業ではない。問題なのは、件のブラックホール的なものからの吸引力を遮断する為に、霊的電解壁を作り維持する方だ。こちらの方が大変なのだ。「神憑き」でもなければすぐに心肺停止するレベルだ。
娘がやりたがらないのは、肌荒れという後遺症が数日間続くからだ。
穴を開いて吸い込む行為、これへは呪いは対応できない。なぜならば、私が実行したのは穴を開けただけ。吸い込まれたのは二次的な出来事で、私は関与していないのだから。
「呪ってくる奴に対しては足元をすって対応する」という基本を文字通りに実行したまでだ。
作業を終えて、背骨や腰に痛みを感じ始めた頃、娘から話しかけてきた。
「ありがとう」
娘の側での状況確認が終わったのだろう。
「それにしてもさぁ」娘の言葉は続く。「わかっているけれどさぁ、本当、鬼族って、人に対して律儀だよね。お社作ってもらって、祀ってもらったくらいで、なんで、あそこまで人に義理立てるかな」
「まぁ、鬼族は格高とは言え、比較的人に近いからなぁ。人が可愛いんだろうなぁ」
「ダメな奴ほど、ほっとけないてこと?」
「そうなんだろうなぁ。人て、もうね、ダメというラインにも達してないんだけどね」
「そうなの?よくわかんないや。一応、私も人だしさぁ」
「そのうちにわかるよ」
「わかるわけかぁ。仕方なし。じぁ、用もすんだし」
「えっ、もう切るのか」
「私は忙しいのよ。だいたい、娘が父親に用もない電話を続けるなんて、世の理に外れるし」
そう言い放つと、娘は電話を切った。
まぁ、良い。
娘とはそんなものだ。
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