【番外】I・T革命
季節は冬へと一直線に向かっていく。
オレンジかぼちゃで埋め尽くされた街並みは、統一された電飾を街路樹に纏わせて行き交う人々の目を釘付けにし、店頭には大切な人へ贈るための新作商品が所狭しと並んでは買い物客の心を弾ませる。
但し、非リア充民には心を抉る苦行期間でしかないのは言うまでもない。
じわじわと浮足立つこの大学内でも、所謂ボッチ民同士のささやかな慰め合いが始まりつつある。
多分に漏れず、この二人にも。
「このクソ寒いのに炭酸飲むかな、普通」
気配り王子こと
「講義室が暑くてさ、丁度良いくらいなんだよ」
クスッと微笑む
「それなら良いんだけどね、相席よろしいかな?」
断りを入れども返事を待たずに座る棚橋を、日常茶飯事として逢坂が受け入れて合間時間を過ごす。
同科の
入学からこれまで、逢坂は棚橋から密かに情報を流して貰い、棚橋は不足部分を逢坂に補って貰い、互いに利を得ているのだ。
そして迎える冬の一大イベント、クリスマス。
藍田カホにほの字の逢坂としては今年も気が気でないのだろう、と棚橋は小さく溜め息を漏らす。
「棚橋のクリスマスはどんな感じ?」
「ぷぷっ、本当に聞きたいのはそこじゃないよね」
「むぅ……今年の藍田の予定はご存知か?」
「実は、その事で、シュン坊にお詫びをせねばならないのです」
「だから名前をイジるな……って、どういう事?」
棚橋は、うーん、と唸りながらおでこを一掻きすると、意を決するように背筋をピンと伸ばして逢坂にその理由を告げる。
「最近知ったんだけど、漸く正式な恋人同士になったそうです。この間のカレピの誕生日にお初を捧げた、とか何とかで……」
「ちょっと待ってよ。という事は……それまであのオッサン、手ぇ出さなかったと?」
「……らしいです」
ごくん、ごくん、と暫し無言で各々のドリンクを飲み続ける二人。
何とも言えぬ空気が漂う中、先に口を開いたのは棚橋だった。
「そんな状況だと知っていたら、もっと強くシュン太郎のぷりっケツを叩いたのに……」
「うーん、棚橋は手加減無しだから、そもそも遠慮願うわ。でも、確かにもっと押しとけば良かったかもなぁ……って、あのさ、彼氏さんの誕生日って十一月初めだよな? あー、だからあの時、様子が変だったのか」
「あの時とは?」
「思い切り彼氏さんの悪口って、みっともないよな、俺。でも、藍田ってば怒るどころか笑ってて。その後も普段通りだし……でも、今にして思えば、ちょっと苦しそうだったかも」
「なるほど……それであの伝言か。シュン兵衛、カホからキミに追い打ちをかける悲報があるのだが、聞くかい?」
逢坂が、当然だ、と頷くと、棚橋はそっと微笑んでその内容を伝え始める。
「『逢坂くんがはっきりと口に出してくれたお陰で、覚悟が決まったし、勇気が出せた』ってさ」
「うわーーーーーっ!」
逢坂は叫びながら天を仰いだ後、膝に
「棚橋……暇なら、今晩カラオケに付き合ってくれないかな?」
慰めるように背中をポンポンと叩きながら、棚橋はホットココアを飲み干して返す。
「時間的余裕は有るから、良いよ……と言いたいところだけど、それは無理」
「何でだよ〜。この想いを共有出来るのは、お前しか居ないんだよ、頼むよ〜!」
「だからだよ」
棚橋はゴミ箱にペットボトルを捨て、数歩離れた逢坂へしっかりと視線を合わせて言葉を繋げる。
「精神的苦痛は、もうたくさん。誰かさんの弱みに付け込んで、押して引いたとしても無駄でしかないと判ってるし。これ以上は執着したくない。わたしのハートは、もうボロボロなの。
「……え?」
「伝わったとしても無視して、これまで通り仲良くしてよね。それと、今日は年末ライブの自主練用にスタジオを押さえてるから、キミの涙は拭いてやれません。諸々……ゴメンね」
棚橋はそう言って少し哀しく微笑むと逢坂を残し、振り返ることもなく僅かに手を振りその場を後にした。
◆ ◆ ◆
「嘘……マジで? と、いう事は………、っっ!」
棚橋を、ぽかんとした間抜けヅラで見送った逢坂の顔が見る間に赤みを帯びていく。
藍田カホのことは今でも当然好きだ。
とっつきにくそうな高身長の圧に反する人懐っこさと、可愛い物好きでふわっと笑うその破壊的スマイルに何度心を癒されて助けられた事だろう。
年上彼氏の存在を早々に知り、共有時間と物理的距離の近さから奪う決意をしてあの手この手で押してきた。散々な結果に終わろうとも、諦めず。
だが、ここ最近になって藍田に対する想いがこれまでとは異なる事に気付いてしまった。恋慕的な想いが友愛へと変化していたのだ。
その原因は果たしてどこにあるのか?
(俺、もしかして……もしかしなくても……)
自問自答を繰り返して辿り着いたのが、常日頃から藍田に寄り添う棚橋、だった。
藍田の情報収集のための声掛けが、いつの間にか棚橋自身の話題を引き出すための囮となっていた。
先刻のひと時も、講義後に単独で移動する棚橋と出くわす事を見越しての待ち伏せであり、照れ隠しに見せかけた棚橋の予定の確認であり、一秒でも会話を楽しみたいが故の寒空炭酸飲料であり……。
こんな姑息な手が通用するとは思っていないが、藍田情報を利用して棚橋をおびき出し、これまでの感謝に交えてより一層のお近付きを、などと画策したら……。
人間、欲をかいてはイケナイらしいが、この状況は押して押して押すに限るよな?
見境のない野郎だと思われようと、この気持ちは間違いようがないのだから、俺は押す。
講義が終わったら連絡する。
そして、しっかりと伝えてやるんだ。
教壇に立つ教員に指されても気付かぬほどの鼻息荒い決意を漲らせ、講義そっちのけでスマホを握りしめる逢坂だった。
◆ ◆ ◆
通い合わぬ想いの苦しさは、高校三年間で嫌というほど味わった。それでも無二の親友として隣りに立てれば満足だった。
カレシが出来たと聞いた時は、気が狂いそうだった。でも、嬉しそうに笑う日が増えるのを見て、納得して、諦めた。
その時に現れたのが彼だった。
クールぶるが恥ずかしがり屋で、気が利くくせに自分には無頓着で、真っ直ぐで、一途で、ちょっぴり拗らせくんの彼に、親友以外には馳せないと決意した筈の想いをいつの間にか募らせていた。
「永遠に隠すつもりだったのに、やっちまったな」
スタジオに籠もってベースを掻き鳴らすも当然の如く上の空で、時は無情にも過ぎていく。
「でも、スッキリした。良く堪えたよ、わたし!」
一つ大きく伸びをして気分を切り替える。
「よっしゃー、練習、練習!」
そう叫んだ矢先、スマホがブルルと震えだす。
画面を確認すると、思わぬ人物で胸が高鳴る。
「お、落ち着け。業務連絡だよ、期待はいかん」
通話のためにスマホを操作する。
耳元に、先程まで聞いていた声が響く。
『練習が終わったら、飯、食いに行かない?』
まさかの誘いに幻聴かと息を飲む。
『おーい、聞いてる?』
「今日の今日に、何で……わたしを誘うかな」
『これまでのお礼と、その他諸々したい。絶対に嫌っ! でなければ、ご同席願いたい』
「……わかった。何処に行けば良い?」
『いつものスタジオだろ? 迎えに行くよ』
「さすが気配り王子……おっと、秘密だった」
『何それ、俺のこと?』
「そのことも含めて、食事の時に話すよ」
『嫌な予感しかしないけど、聞いとくか。じゃ、下で待ってる』
「はいよ、また後で」
プツッと通話が切れる。
「これは当分、断ち切れそうにないなぁ……」
だが、悩んでいても仕方ない。
あとは時に身を任せよう。
そう心に決めて、近付くディナータイムに思いを馳せる棚橋だった。
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