第8話 泣き止んだら

 聖なる夜も除夜の鐘も全て神さまに捧げて挑む、今日のこの時。

「―――以上で終わります。皆さんお疲れさまでした。静かに退出してください」

 集まる視線の先に立つ男性が無表情で一同に告げると、ピンと張り巡らされた緊張が次々に解かれていく、人生の明暗を分ける第一関門。

 今の状況を例えるならば、漸く探し当てた鍵をまさにその鍵穴に差し込んだ瞬間のよう。

 ガチャッと回り解錠するのか否なのか。

 そんな新たな緊張も現れるが、今は苦しかった道のりを乗り越えた喜びだけを素直に味わおう。


 長いようで短くて、過ぎてしまえば後悔だらけのあっという間だったこの一年。それでも僅かな光を手繰り寄せ漸くこの手に掴みとった安心感で満たされる。

 そう、やるべき事は全てやった。

 あとは……この想いを断ち切るのみ。

「♪仰げば尊し~、我が師の恩~……」

 体育館に響く別れの曲と共に昇華させよう。


 三月上旬。

 これで最後の制服に飾り花を付け、これでもかと友人との記念撮影に没頭して改めての集合の約束をしていると、ブブブッとスマホが震える。

 先に帰らせた両親からの連絡だろうか。

 輪から離れて通知を開く。


⇒卒業おめでとう。何かご馳走するよ


 これは、どういうこと?

 所在の確認をし、急ぎレッスン室へ向かう。


 毎週通うのが楽しみで、チョコを巡るトンでも提案に溜め息を吐いた他にも、まさかの中高校時代とのギャップに驚き、聞かされる人間関係の悩みに付き合い、自身のコンプレックス払拭に感謝し、社会の理不尽さを静かに聞いてもらい……兎に角、レッスン以外に交わしたふたりだけの会話を全て抹消してまで漸くあなたを諦める決意をしたのに。

 今更、ずるい。


〈都合いいように取ってくれていいよ〉

 突如、あの曲が頭の中にループする。

 まさか、そんな事など有り得ない。

 でも。

 もし、そちらがその気ならば、改めて想いをぶつけますよ。

 もう高校生じゃないんだから、構わないでしょ、先生。

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