第7話 いつまでも

 ゆっくり休む暇もなく夏が終わりを告げ、年度の折り返しという事実を受け止めきれずにまた日々が続いていく。


 暑い。暑い。ただひたすら暑い。

 秋の彼岸を含むシルバーウィークが過ぎれば涼しくなるはずの気温が、遅まきな台風一過で激アツに変化する。

 背中にじっとりと汗をかきながら左手に片付けたはずのハンディファン、右手に日傘を持ち駅へと向かう緩やかな坂道をやや急ぎ気味に歩く。


 マズイ。マズイ。このままではマズイ。

 電車に乗り遅れて約束の時間に間に合わず、待ち合わせ場所に集まる友人達を怒らせそうだ。

「こらー、遅いぞー!」

「ごめん!」


 ◆ ◆ ◆


 一身上の都合により昨年度末で受講を終了させたギター教室。

「必ず連絡くださいね」

 そう言われて五月雨が奏でるシトシト雨音を聞きながら送信した、レッスンの集大成でもある自身のラストライブの動画。

 既読はつけども一向に返らぬ感想メッセージを、今か今かと待つうちに自身の繁忙期に入ってしまい、疲労困憊で帰宅する日が続いたある夕刻にやっと通知を受け取ることが出来た。


 ……のはいいのだが。

 そこにあるのは、軽い指摘を含めた、まるで業務内容のような素っ気ないメッセージ。

 嬉しさ半分、落ち込み半分でスマホを見つめたあの日から、私生活が煮詰まる度に繰り返し眺めてしまう、文字ばかりのやや大きめのフキダシ。

 どうしても溜め息混じりにこれまでのレッスン風景を思い出してしまう。

 あの頃が懐かしくもあり、少し苦しい。

 この気持ちを吐露するように、Keepメモ画面には取り留めのない日常と溢れる独り言がこれでもかと溜まっていく。

 気を紛らわせようと伸びをすれば、自室の隅に立て掛けたままのギターケースが目に留まり、ついに手を伸ばして傍らに引き寄せる。

 ゆっくりとチャックを開け、旅の土産のお返しにと貰ったストラップに触れれば更に想いが募りそう。


 あの日の鼻歌、判りました。

 どうしよう。

 有り得ない〈もしも〉が頭の中を駆け巡る。

 狙って歌ったのだとしたら……。

 歌詞を真に受けてもいいのならば……。

 迷惑ですよね、こんなこと。


 連絡する理由ひとつも見出だせぬクセに全てが終わったら答え合わせをして欲しいと願いながらも、この越えられない哀しさにけじめをつけねばと思案を重ねるうちに、室内を吹き抜ける初冬の冷たい風と共に今日という一日がまた過ぎていく。

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