第6話 泣いて、いつか

 店頭の街路樹に一本混ざる遅咲きの八重桜が見事に満開になった晩春が過ぎる。賑わうGWを迎えればじっとり汗ばむ夏の走りが訪れ、やがて蒸し暑いどんより雲が長雨を伴って当店にやってきた。

 年度が変わると同時に受講を終えた彼女の時間帯を体験講座に充てると決めて数ヵ月が経った昼下がり、一本の動画を添えたメッセージの通知が入る。

 一部表示の文頭は以下の通り。


⇒まさに集大成、最後の……


 もう、そんな時期なのか。

 でも、元気にやってるようで良かった。


「入力終了、じゃ、オレは先に一服してくるね」

 構いがちな例の後輩に一言告げて席を立つ。

 営業所が入るテナントビル内の自販機前でひっそりと遅めの休憩をとる。夕刻に近いこの時間は人気ひとけもなく静かだ。

 奥まった先に嵌まる曇りガラスに凭れながら缶コーヒーを飲み、先刻受信した添付動画の再生ボタンを押す。片耳に着けたワイヤレスイヤホンから流れるしっかりとした旋律と、指摘して改善されつつも僅かに残る猫背姿勢に思わず笑みがこぼれる。

(ダメだな、どうにも未練がましくて……)

 退会から余り時が経たぬせいか、全てが昨日の事のように思い出されて、少し胸が苦しくなる。


「珍しく滅入ってます?」

 急に現れた察し屋の後輩に問われ、

「なかなか、鋭いね」

 うっかり答える。

 最近のオレは、やたら弱音を吐きまくりだ。

 離れてしまえば何気ない毎日を送るだけ。

 ざわめく必要も無ければ狼狽える事も無い。

 気持ちも楽になるはずなのに可笑おかしな話だ。

「会えない時間が余計に募らせますよね」

 おや、後輩くんは経験者かい?

 などと突っ込めば、逆に我が身に降りかかりそうだ。弱っている今はそれだけは避けたい。

「そう言えば、長らく待たせたハルトおまえの歓迎会の幹事を任されたから、都合いい日を教えてよ」

 何とか話題を逸らす。


 あの日のうっかり鼻歌。

 どうか彼女にバレませんように。

 バレたところでどうなる訳でもないか。

 歌詞を深読みしない限りは気付くまい。

 ならば。

 お祝いを口実に食事に誘っても良いだろうか。

 本当にいつまでも未練がましいな。

 驚きながらも喜ぶ彼女の顔が目に浮かぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る