第3話 手痛い洗礼

 初デートから約一ヶ月。

 時折強い風が吹き抜けて講堂前に僅かに残る桜の花弁が舞うなか入学式を迎え、数々のオリエンテーションや体力測定を済ませていよいよ講義が始まったかと思えば、もうゴールデンウィーク。

 大学生活の流れが何となく分かったような、そうでないような。そんな私は、鏡の前で気もそぞろに入浴後の髪を超特急で乾かす。

 スマホの時計は23時26分。

 この期間も、春の異動の接客対応やその事後処理で忙しいあなたからの連絡を待っています。


 本業と副業との兼ね合いで時間の都合がつき辛いあなたと、思いの外講義が満載で夕方しか時間が取れない私。会えない時間を埋めるように通話とメッセージで日々の報告をし合っているのだけど。

 今日は遅番だし、空腹を満たして入浴して……となれば、連絡が来るのは夜中かな?

 世の中が浮足立つGWとはいえ、こちらは、仲間と丸一日女子会を楽しんだり両親と近場の陶器市に出掛けるくらいしか予定が無いから、時間は余裕たっぷりございますので何時までも対応OKです。


 ピコン♪


 寝癖防止とサラサラヘア維持の為のトリートメントを終えたところでスマホが軽やかに鳴る。

 これは紛れもなくメッセージの受信音。

 うーん、残念。今日は通話はなしか。

 こんな時間だし、お疲れなんだよ。

 今は欲張るところじゃないしね。

 さて、読んでみますか。


⇒GW最終日に午後から出掛けませんか?

←おー!でも仕事は?


⇒さすがに客足も減るから平気。ていうか「今年も

 オレ達働いてがんばってる〜」って呟いたら休みをくれた

←何げに脅しを入れますねぇ


⇒違いますよ、慰労の声掛けです。で、ご都合は?

←何の予定も無いので喜んで!


⇒じゃあ、迎えに行くね

←お待ちしてます


 ということで、初デート以来のお出掛けが決定。

 しかもあなたのお迎え付き。

 それ、即ち。

 我が家への初訪問にして初ご挨拶の、いわゆる試練の日なのである。

 母は「子供じゃないから必要ない」と伝えたが、あなたは頑として受け入れず、父への挨拶を取りつけた―――つもりでいる。

 あぁ、私の方が緊張で変な汗をかきそう。

を跨げたら……』

 卒業式後の迎えの際、無理矢理車に押し込まれながらも母の目が離れた隙にこっそり開けておいた窓から聞いた、不穏な一言。

 そうなんです、母のお小言など比較にならない難攻不落のバカ高い壁が、今まさにあなたに立ち塞がろうとしているのです。

 どうか荒事あらごとにはならないよう、くれぐれもお願いします、神様、仏様、お父様っ!


 ◆ ◆ ◆


 ピンポーン、と軽やかになるインターホン。

『いま行きます』

 落ち着いたきみの声がスピーカー越しに届く。

 この扉の向こうでハニカミながら待ち構える姿を想像し、緩みだす顔をそっと引き締める。

 ガチャ。ガチャ。

 解錠し開いたドアの先には愛しのきみ。


 ―――ではなく壮年を過ぎた頃の男性。

 オレよりデカい幼馴染みと同じ位の背丈、180㎝は有る。そこに居るだけで圧が半端ない。

 更に、眼鏡の奥から肌に突き刺さりまくりな視線が、蛇に睨まれた小さな青ガエルと化した我が身にじわりじわりと緊張感を与えていく。

 ここは、あれだ、必殺〈微笑み外交〉!

「はじめまして、わたくし……」

「初手からビジネストーンで話す男は信用ならん、帰れ」

(あ、らら~?)

 挨拶を交わすはずが胸ぐらをズイズイ押される。玄関のポーチを降ろされてもそれはまだ続き、遂には門扉の外へと追いやられる。

 思い出される『』のくだり

 成る程、こういう事か。

 きみが慌てて出てきても押され続ける僅かなスキを狙って改めて自己紹介をするが一瞥あるのみ。

「夕食までには戻りなさい」

 きみに一言告げて踵を返す。


 ―――前途は厳しいな。


 ◆ ◆ ◆


 準備をしている間に先を越され、落ち着いて紹介する暇もなく終わったあなたと父の初対面。

 思った通りの結果となってしまった。

 まだ手が出なかっただけマシだけど。

「先程は父が失礼しました……」

「対話いただけるよう、最善を尽くします」


 では、気を取り直して―――。


 今日はあなたの車でお出掛け。

「若干後ろが散らかってますが、見なかったことに。エアコンも窓も好みに動かしてよ」

 そう言って乗り込むのは、角の取れた丁度いい丸みが特徴の背高ワンボックス型の軽自動車。最近、街なかで良く見かける、実は好みのタイプ。

 車体ボディの中央から上下に分かれる、パステルカラーと白のツートン仕様がまた絶妙なあざとさで私の目を釘付けにしているヤツだ。

 自家用車については以前から話題に上っていたが、聞きしに勝るキュートさに加えてこのカラーリングは、まさにド直球ストライクです……が。


「これは……元カノの趣味?」

「買ったのは別れたあとデス!」

「ふーん、無意識に想像して選んだ的なことは?」

 我知らず気付いた嫉妬深いこの眼差しで、大いに物語ってやろうではないか。


「楽器の運搬のし易さで決めたんだって!確かに野郎が乗るにはキツいかもだし、若気の至りで多少は女子受け狙いましたけど、そんなに勘繰るような選択はしてませんよ」

 ぷうと膨らむ頬、口を尖らせた困り顔。

 いい大人に失礼だけど、超かわいい。


「ごめんなさい、初っ端からやり過ぎた。経験不足で基準値がどうしてもさぐり探りで。目に余る時はちゃんと言ってね」

「それくらい、どうって事ないよ。ヤキモチを焼くほど想われてる嬉しみしかない」

 敵わないなぁ、と埋まらない差を意識しだしたらキリがないからやめておく。


「甘やかすと図に乗ってエスカレートするよ?」

「その時はあらゆる手段を講じてきみからの信頼を勝ち取ります」


「何されるんだろう、何かこわいー」

「無体な事はしないよ、当然でしょ!」


 慣れてるくせに狼狽える。

 例えそうだとしても。


 そういうところ、本当に好き。


 ◆ ◆ ◆


 きみにはまだ教えない。

 背高だが優しいフォルムが見せる親しみやすさと、その色により可憐にも凛々しくもなる、あらゆる可能性を秘めたこの車に決めた本当の理由を。


 今なら笑い事で済む話を割と早い時点で自覚してたなんて知られたら恥ずかしいじゃないか。

 それ以前に引かれたら立ち直れない、が正しいな。


 だから暫く秘密にしておくんだ。

 きみの募る不安をひとつ一つ消していくまでは。


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