第2話 きみとオレの名は

 地元大学へ進むきみの準備が終わり、繁忙期を乗り切ったあなたが本業の新年度を恙無く迎えた春。


 ◆ ◆ ◆


 御祝いを兼ねた初デートは遊園地、と連絡する。

 これは決してこども扱いとかではなく、我ながら緊張しそうで乗り物で誤魔化そうという魂胆。職業柄若いコと話すのは慣れているが、恋愛対象となると話は別で。

 映画も芸術も好みがあるし、買い物も遠慮して好みのものを見ないかもしれない。

 動物園も捨て難いが家族連れに気遣いがち。

 あぁ、水族館っていう手もあったか。

 でも、静と動を併せ持つ遊園地のアトラクションならばどちらに転んでも楽しめるし、一処ひとところに留まって居るよりも環境の力を借りて話題を広げれば今まで知らなかった一面を互いに見せ合えるだろう。

 うん、そうに違いない。

 うわぁ、必死に言い聞かせてるなぁ、情けない。

 だって、余裕綽々は鼻につくし、そもそも平静を保てる自信がないんだから仕方ないだろう。

 ここは最優先事項の〈きみが気兼ねなく自然でいられる時間〉を作る事がオレの幸せにも通じるのだから、気張り過ぎずに楽しむとしよう。

 などと訳の判らない意気込みを脳内で呟いていたら……嘘でしょ?

 待ち合わせより30分も早く着いてしまった。


 初デートは電車で数駅隣の遊園地と決まった。

 これは……合わせてくれたのかな?

 そうは言っても初カレということもあり、すべてが迷いでしかないので有り難い場所かも知れない。

 それにしても。

 今まで通りに気軽に話せる?

 どうしても意識しまくりだよ、絶対ムリでしょ!

 というか、そもそもどんな話してたっけ。

 ヤバい、全然覚えてない。

 それより遊園地デートって何を着たらいいの?

 高校の一日遠足の時はスキニーにパーカーだった。さすがにこれまでの男子感満載な格好はマズイよね。

 いや待てよ、女子服なんて家に有る?

 全然無いじゃない!

 わわわ、友達グルで至急相談だ!

 持ち物は……ハンカチ、ティッシュ、定期、スマホ、財布、時計、日焼け止め、マスク、水筒……ってコレ、学校に行く時のチェック項目だし!

 リュックは学生感半端ないからボディバッグにしたいけど、手荷物がイッパイで入りきらない。

 端折れ、とにかく最低限に抑えるのです!

 はぁ、慣れない事をするのは大変だ。

 でも。

 こうしてあなたとの事を考えるのって、友達との付き合いとはまた違う嬉しさとか楽しみがあってワクワクするから不思議。勿論、まだ不安が上回ってますよ、それは仕方ないよね。

 さて、こうして精神的に慌ただしい日々を越えて今日のこの日がやってきた。

 よし、準備万端、行きますか!

 鏡の前でパンッと気合を入れて鼻息荒く家を出たはいいが……そうなるよね。

 結局30分前に着いてしまった。


 ◆ ◆ ◆


 待ち合わせ場所の改札前を目指して互いに駅の反対口から向かう。

(まだちょっと……)(早いよね……)

 時間を潰すために駅ビルの出入り口へ足を運ぶと。

「 あれっ? 」「ふわぁっ!」

 まさかの行動に思わず指を差し合って吹き出し、ショーウィンドウの前へと移動する。

 逆にここで会ってしまって良かったかもね。

 そして改めて互いを見直せば、謀ったかのような同系色お揃いコーデ。無駄に心拍数が跳ね上がる。

「ご、ごめんなさい、カブった。上着を脱ぐね」

 これまで見知ったスタイルを踏襲しながらも、甘さを上手に醸し出すきみが慌てて気を遣う。

 そんな事しないでよ、お願いだから。

「何で?おそろでいいじゃない。嫌じゃなければ着ててよ」

 受講中よりも更にラフな服装がまた似合うあなたの心遣いに、さすが慣れるなぁ、と思ってしまう。

 いやいや、嬉しい誤算に卑屈な感情は不要です。

「……じゃあ、このままで、いる」


(よしっ、よしっ!)(恥ずかし嬉しだよっ!!)


「さて、ちょっと早いけど約束したお昼を食べて行こう。御祝いだから遠慮せず。とは言っても駅ビルだから限られちゃうけどね。さぁ、肉食さんは何がお好みかな?」

 卒入学祝いは別日の予定だったが、話し合った結果、この日のランチで兼ねる事になったのだ。

 豚、鶏、牛……。焼き、揚げ、蒸し、煮……。

 ふたりでレストラン街のパネルを見ていると、背後の液晶モニターから響く広告がふと目にとまる。

「……トンカツ」

「ぷぷっ、あれね、オレもいま見入っちゃった。どうする、決まりでいい?」

「お願いします」

 これ以上なく畏まって答える。

 ではでは、とエレベーターのボタンを押し、早目のランチをいただく事にする。


 ◆ ◆ ◆


 午後イチに着いた遊園地はまあまあの混み具合。

 春休みも終盤、あとは入学式を控えるばかりの学生もチラホラ見かけるが、どちらかというとママちびグループが大半で、地元密着型らしく数の少ない絶叫系アトラクションは丁度いい待ち時間。

「知ってる?ここのお化け屋敷にはさ―――」

「私、そういうのは信じないヒトだから大丈夫、次に行ってみようよ。その後、またジェットコースター乗ってもいい?」

「んー、三半規管はギリセーフかな」

「弱ーっ!」

「体質なんですー。はい、進みますよ」

 先に済ませた昼食の際、豚カツ屋のセルフすり胡麻ソースの使い方談義で盛り上がったお陰か緊張もほぐれ、多少の沈黙が生まれても気まずいこともなく、いつかの様に楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 まだまだ帰りたくないが、最後の最後にお約束の観覧車の出番となる。

(久方ぶりに緊張……)(完全に二人きり……)


 ゴウンと昇りながら園内BGMが微かに流れるゴンドラ。向かい合わせで眺める風景と今日一日の感想の後に暫く続く沈黙。

 耐え兼ねて思わず口を開くのは、果たして。


「よ、よーちゃん先生、その、視線が気になるんですが……」

「見つめていたくて、というか、せざるを得ないというか……高いところ苦手だった」


「嘘でしょう、絶叫マシン乗ったよね?」

「ほら、観覧車ってジワジワ行くじゃない?景色、ヤバイね……周りが見られない」


「ふふふ、まさかのまさかだね。よし、今のうちに先生の弱味を握ろう、パシャ」

「こら、情けないところ撮らないの。それと、もうじゃない。オレ、希望の呼び名が有るの、それにして。親戚のお兄ちゃん感覚で呼び易いから」


「……今日までの私は妹的な感覚で『ちゃん付け』されてる?」

「ごめん、そういうんじゃない、距離感間違えた。願わくば呼び捨てにしたい。いい?」


「生意気言ってごめんなさい。私の呼び方は勿論構わないです。でも、〈よーちゃん先生〉からに変えるには心の準備が欲しいので、せめて次回からでいい?」

「ゆっくりでいいよ、オレたちはまだ始まったばかりだから」

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