第1話 意味深な許容
好きな人の好きな人はきみでありあなただった。
一年越しの判明に気恥ずかしさが込み上げる。
「待ち合わせの時間は大丈夫?」
「もう行く。うぅ、泣きすぎて鼻の下が痛い」
「ぷぷっ、何でそういう事を明け透けに言っちゃうかな」
「しまった、女の園の癖でつい。ここはひとつ聞かなかったことに」
「何の話?ってね。それより今日は楽しんできて。但し、はしゃぎ過ぎには気を付けて。それと……」
一頻り嬉し涙を流すきみを宥めたあと、御祝いの食事会と共にデートの約束を取り付けた。行き先はこちらで決めると告げたものの、正直言うと久し振りの色恋沙汰で内心戸惑っており、頭の中は数あるプランが既に犇めき合っている。
落ち着きなさいよ、いい大人が恥ずかしい。
「迎えは北口だよね。送るよ」
そんな慌ただしい脳内を悟られぬよう、友人との卒業パーティーに備えて一時帰宅するきみを、今か今かと駅で待ち構えるお母さんの元へと送る。
改めての受講のお礼とこれからの交際の報告のために。
乗降スペースで待つ車のドアをきみが開けると、開口一番に「遅いから帰るところだった」と顔を顰めるお母さんと視線が合う。
漏れ出そうな緊張を極力抑えながら会釈をすれば、慌てつつも何かを察するようにきみに声を掛ける。
「挨拶するから中に入ってなさい」
全てを言いたげなきみを車へ押し込み、まだ冷たい風から身を守るようにジャケットをかき合わせて小柄な身体で立ち塞がり、ニコリと笑う。
「受講中は大変お世話になりました。で、わざわざこちらにお越しいただいた真意は?」
「実は……」
「……正気ですか?」
眉をひそめて発する言葉を皮切りに、現実を突き付ける当然の厳しい洗礼が次々に続く。
互いに適齢ならばまだしも、どう考えても納得し難いこの状況。俺だって身内話に挙がろうものなら間違いなく横槍を入れるだろう。
だが、これがいざ当事者となると話が変わるのが恋の為せる技。自分勝手で都合良すぎと言われても文句も言えない。
そんな俺に出来るのは、止めどなく走り出した感情を、誤魔化しようのないこの想いを真剣に伝えるのみだ。
「何でかなぁ。うちの子の我儘なんぞに絆されず、思い切り振り払ってくださって良かったのに……」
「申し訳ありません、こう見えてバカ正直なもので」
「困った人ですね……まぁ、そこまでいう先生の覚悟は判りました。でも―――」
お母さんの許容の苦笑に安堵し気が緩むが、次の言葉にキュッと身が引き締まる。
「僅かでも迷いを感じたら、即、切り捨ててくださいね。まだ若いあの子の為にも」
それ程までに簡単にはいかないという事か。
―――迷い。
そんなもの、生まれるはずがない。
差し伸べられたその手を掴んだ時点で切り捨てるのは確実にオレじゃない。
そんな気など、微塵も沸くわけがない。
始まる前から捨てられる覚悟だけをしてるなんてフザけた話だ、と叱られそうだけど。
「後日、改めてご挨拶に伺います」
お母さんに告げると、
「ふふふ、意外に真面目さんなのね」
きみと似た眉を更に下げて可笑しそうに顔を崩した後に、更に意味深な一言をいただく。
「心よりお待ちしております、が……我が家の敷地を無事に跨げると良いのだけれど」
んんん?
それは敷居、の間違いなのでは?
◆ ◆ ◆
「まさか、まさかの展開ね」
「……全くです、自分が一番驚いてる」
「毎回楽しそうにレッスンの様子を報告するからあなたの事は何となく気付いていたけれど、あちらもそうだったとはね。……っていうか、あれこれと心配になって思った事ズバズバ言ったのに、視線も外さないし怯みもしないのよ。敵ながらアッパレよね」
「敵って……」
「これまで桐箱に絹布団入れて大事に育てた娘を掻っ攫っていくんだもの、敵でなくて何だと言うの?
――って、誰かさんはご立腹なさるでしょうね」
「うぅぅ、デスよね、気が重い」
「チャラそうに見えてわざわざ挨拶とか、かわいいじゃないの。その誠実さが伝わることを切に願うわ。さて、お嬢さん、この件はどうしたら良い?」
「ちゃんと自分で話す。許されないのは十分承知だから、あとは突っ走るのみ、ガンバル!」
「温かく見守ってるわ」
「後のフォローはお願いします」
「はいはい。でも、良かったね、想いが通じて」
「……うす」
「お前は男子か!」
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